大石進 柳川藩の剣豪

1797年~1863年11月19日
寛政9年~文久3年
大牟田市宮部出身、長身で長大な竹刀を使い、面突きを得意とした柳川藩の剣豪で天下の剣豪を相手に対等な勝負をして全国に名をとどろかせた。
柳川藩の武術師範役の子として幼児の時から槍と剣を祖父種芳に学ぶ。18歳で剣道に突き技を採用し、さらに同斬(ぎ)りの技を考案して、独持の武道大系を整え、後に大石神影流を創始した。35歳で上京、当時剣名高かった鏡新明智流の桃井春蔵、北辰一刀流の千葉周作、直心影流の男谷精一郎、小野派一刀流の白井亨らに挑戦し、天下の剣豪に対等な勝負をして、一躍その名が全国にとどろいた。剣道具の面に縦一本を入れ、布だった胴を割竹として現在の剣道具の原型を考案したと伝えられている。四国土佐藩、長州萩藩及び九州一円の諸藩から多数の入門者があり、その門弟から有名な剣客が輩出した。次男の種昌も進と称し、父に劣らぬ剣豪だったと言われる(福岡県百科事典 花田衛)

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