川上貞奴 近代女優第1号

1871年07月18日~1946年12月07日
明治04年07月18日~昭和21年12月07日
東京都日本橋生まれ/日本一の芸妓から川上音二郎の妻になり、明治・昭和の女優として活躍。1912(大正元)年10月16日から七日間、博多の明治座で夫音二郎の追善興行を開催する。


本名は小山貞、東京生まれ。生家の没落により、7歳の時に芸妓置屋の養女となる。才色兼備、日舞の技芸に秀でた貞奴は、時の総理伊藤博文や西園寺公望など名だたる元勲から贔屓にされ、名実共に日本一の芸妓となった。
運命の出会い、川上音二郎と結婚、一座とともに、米、英、仏、ロシア…女優としてデビュー、絶賛を博する。その姿をピカソも描いたほどである。ロダンは貞奴に魅了され、彼女の彫刻を作りたいと申し出たが、彼女はロダンの名声を知らず、時間がないとの理由で断ったという逸話がある。仏大統領の園遊会に招かれ、「道成寺」を踊り、夫人と官邸の庭を散歩した彼女は「マダム貞奴」として一躍有名になる。パリの社交界ではキモノ風の「ヤッコドレス」が流行した。ドビュッシーやジッドは彼女の演技を絶賛し、仏政府からは勲章が贈られている。
音二郎亡きあとは、福澤諭吉の娘婿で「電力王」といわれた実業家福沢桃介のパートナーとなる。桃介は貞奴の初恋の人。二人のロマンスはNHK大河ドラマ『春の波涛』として放送された。名古屋の邸宅は「二葉御殿」と呼ばれ、政財界など著名人が集うサロンとなった。現在は「文化のみち二葉館」として再生している。
享年75歳、亡骸は私財を投じ岐阜県に建立した貞照寺に埋葬される。最後まで、川上貞奴という名で貫いた一生でもあった。
音二郎、貞奴夫妻が可愛がった姪の青木鶴子は、戦前のハリウッドスターとなり、早川雪洲を見出し、妻となる。映画「ラ・バタイユ」でヒロイン光子を演じ、ゲランが香水「ミツコ」を世に送り出したエピソードは有名だが、実は香水「貞奴」も発売されていたという。この香水は未だ発見されていない。もし見つかれば、お宝鑑定で相当な値がつくことであろう。
川上貞奴 – Wikipedia
文化のみち二葉館 名古屋市旧川上貞奴邸
川上 貞奴 / クリック 20世紀

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