黒田孝高(よしたか) 如水(じょすい) 名参謀

1546年11月29日~1604年03月20日
天文15年~慶長9年
兵庫県姫路市生まれ / 黒田官兵衛の名で秀吉の参謀として活躍、中津城主の時家督を長政に譲り、関が原では、遠からず天下の覇権をめぐって大乱が起きると予想し九州で徳川軍側としてチャンスをうかがい活躍。慶長9年03月20日(1604年04月19日)、京都伏見藩邸(現在の京都市伏見区深草大亀谷敦賀町近辺)にて死去した。辞世の句は「おもひをく 言の葉なくて つゐに行く 道はまよはじ なるにまかせて」。


黒田孝高 – Wikipedia
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コメント

  1. 浦辺 登 より:

     黒田如水は「シメオン」というクリスチャンネームを持つ戦国武将としても知られていました。
     福岡城には十字を刻んだ石垣があったそうですが、キリスト教が禁教となって後に卍に彫り変えられたともいわれているそうです。