小野妹子 最初の遣随使

近江国滋賀郡小野村(大津市)の豪族で、春日氏の一族小野氏の出身。
607(推古15)年、07月03日に聖徳太子の命により初の遣随使・小野妹子が旅立つ。
強大な隋に対等な立場をとり、妹子が呈した国書の冒頭に『日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや』などとあって、煬帝(ようだい)を怒らせた。
翌年、妹子は答礼使裴(はい)清世を伴って帰国するが、隋の返書を百済(くだら)人に奪われたと偽り、奏進しなかったので問題になる。翌年、妹子は裴(はい)清世を送って再び派遣された。これには高向玄理(たかむこのくろまろ)、南淵請安(みなみぶちのじょうあん)、僧罠(そうみん)など8人の留学生が同行した。妹子は翌年帰国したが、留学生は隋末唐初の30年間も滞在し、その先進的な制度文物について学び、また王朝交代を見聞して帰国し、我が国の政治的文化的な発展に貢献する。特に645年の大化の改新あるいは以後の律令国家の形成に大きな影響を与えた。

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