赤間文三 大阪府知事から法務大臣

1899年05月21日~1973年05月02日
宗像郡津屋崎町出身、大阪府知事を1947年(昭和24年)から3期、参議院議員を3期務め、1967年第2次佐藤内閣の法務大臣を歴任する。
宗像郡津屋崎町出身で中学修猷館、旧制山口高を経て1925年(大正14年)東大法学部独法科を卒業。内務省を皮切りに活躍するが、関西財界とのつながりが出来、昭和24年4月に第一回大阪府知事選に出馬し当選する。どういうわけかこの時の相手は田川出身で修猷館同級生の香月保(元田川市長)であった。
談論風発、自分でこしらえた「処世人訓」を人に講釈するのを楽しみとし、押しも強かった。

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