吉田法晴 (みちはる) 北九州市初代市長

1908年03月13日~1981年01月19日
1963(昭和38)年03月15日五市合併した北九州市初代市長に。社会党から国会議員として活躍
宗像市平等寺生まれ / 同志社大法学部卒、社会党代議士、1963(昭和38)年03月15日五市合併後の北九州市長に。日中友好運動にも活躍し1960年09月10日周恩来総理と会見する。
宗像中、旧制福校を経て九大法文入学、九学連委員長退学処分を受け同志社大法学部卒業。日炭の勤労部長の後、社会党から県議、参議院議員を経て、1963(昭和38)年02月11日に五市合併した北九州市の初代市長に03月15日に当選。マスタープラン、財政再建などの五市合併問題に取り組んだが清掃紛争で革新陣営の足並みが乱れ、吉田市制は1期で終止符を打つ。その後1972年~76年まで衆議院議員。社会党左派の立場で米軍基地反対闘争や日中友好運動に活躍。庶民性と人の世話をとことん見る親分肌の人物として信望があった。(西日本新聞社発刊福岡県年鑑参照)


北九州市 – 組織 – 北九州市の歴史
参議院議員吉田法晴君提出通商産業省鉱山保安局長の炭労争議に介入する通牒に関する質問に対する答弁書

参議院九年の記録 (1959年)
吉田 法晴
大浜書店
新鉱業法概説 (1953年)
新鉱業法概説 (1953年)

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吉田 法晴
御茶の水書房

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