黒田長溥 修猷館再興

1811年03月01日~1887年03月07日 文化8年~明治20年
鹿児島市生まれ / 福岡第11代藩主。洋学を好み、積極的開港を説く。尊王忠幕で、公武合体の実現に奔走、尊皇攘夷派を激しく弾圧。


まず渡航の解禁が解けた翌年1967(慶応3)年に平賀磯三郎(義質)、井上良一(15歳)ら6人をボストンに留学させる。次に1871(明治4)年に伊藤博文らの渡米視察に留学生として栗野慎一郎、金子堅太郎、団琢磨、が同行させた。金子堅太郎はルーズベルト大統領とハーバード大学で共に学び、その縁が日露戦争講和に大いに役立った。アメリカと福岡の関係の礎をつくったといえよう。
明治18年(1885年)金子堅太郎の献策を採用し旧福岡藩士との協議の末、黒田家の私学藤雲館の校舎・什器一切を寄付し旧福岡藩の藩校修猷館を福岡県立修猷館(現福岡県立修猷館高等学校)として再興する。
黒田 長溥
Category:黒田氏 – Wikipedia

悲運の藩主黒田長溥
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