金子堅太郎 日本を世界に広報する​

1853年03月13日~1942年05月16日 
嘉永6年~昭和17年
福岡市中央区鳥飼に誕生し藩校修猷館に学ぶ。黒田藩留学生としてハーバード大学で法律、憲法、国際法を学ぶ。ハーバード大学の同窓生セオドア・ルーズベルト大統領と折衝し、日露戦争終結に貢献​、​1905(明治38)年07月31日ロシアが樺太で投降し日露戦争は終結する。
嘉永06年(1853年)生る。藩学修猷館を出た後、明治04年(1871年)黒田長溥公の援助で団琢磨とともに米国ハーバード大学に留学。帰朝後は伊藤博文を助け、大日本帝国憲法の制定に最も大きな功績を残した。また、ハーバードの学友であったセオドア・ルーズベルトの支援を得て、日露講話に奮迅の活躍をした。九州大学の誘致、八幡製鉄所の設置、さらには「福岡県立英語専修修猷館」再興の大恩人である。

詳細は WEV金子堅太郎 http://shuyu.fku.ed.jp/syoukai/rekishi/kaneko.htm


金子堅太郎 – Wikipedia
金子堅太郎
金子堅太郎 | 近代日本人の肖像

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