村上義太郎 私設灯台創設

1847年~1922年04月30日
弘化4年~大正11年
西南戦争で博多湾から田原坂への荷役で稼いだ怪商。アロー号誕生を支援し日本自動車産業のパイオニアの一人。
1877(明治10)年03月03日西南戦争で政府軍と西郷軍が田原坂で最大の激戦開始。当時30歳の村上義太郎は博多湾から田原坂への荷役で大儲けする。後に私設燈台を建設し、博多の怪商といわれたが、矢野特殊自動車創設者・矢野倖一が最古の国産車アロー号を誕生させるのを支援した。


西日本シティ銀行:地域社会貢献活動:ふるさと歴史シリーズ「博多に強くなろう」

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする