伊能忠敬(いのう ただたか) 小倉を起点に九州を測量

1745年01月11日 ~ 1818年04月13日
延享2年~文化15年
江戸時代の商人・測量家。1800年から17年間測量し、死後1821年に「大日本沿海輿地全図」を完成。九州の測量は小倉を起点にして3回に及んでいる。1812年02月04日に長崎街道を南下した筑前山家駅に止宿した宿舎に山家宮原左太夫が挨拶に出る。
江戸時代の商人・測量家。幼名は三治郎。56歳から72歳まで晩年の17年間を歩き続けて日本全国の沿海と内陸の主要街道を測量し、1821年に精密な「大日本沿海輿地全図」を完成した。伊納図と呼ばれるこの地図は、大図36000分の1、中図、小図の3種類に分かれている。1800年蝦夷地の測量に始まる測量の旅は九州が最後で、それに要した日数、測量の路線でも他の地域と比べはるかに長大である。九州の測量は小倉を起点にして3回に及んでいる。
 第一回(1810・文化7年01月~8年01月)小倉から東海岸線を測り鹿児島、熊本、小倉に戻る。
 第二回(文化9年1月~7月)小倉から筑前六宿通り、薩摩街道を測る。02月04日に長崎街道を南下した筑前山家駅に止宿した宿舎に山家宮原左太夫が挨拶に出る。小倉城下に戻った07月14日、改めて福岡藩付きまわり代官として挨拶に出る。
 第三回(文化9年7月~10年10月)小倉から西海岸線を測り、平戸、壱岐、対馬、五島に渡り肥前、筑後、筑前の陸路を測って小倉に戻る。

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