広田弘毅 「物来順応」の人

広田弘毅さんは同じ大名小学校で、私が昭和十年に修猷館に入り、同十一年二月に総理大臣になられました。近衛さんが手をついて頼むと言われて、「自分は外交官で政治は向いとらんけれども、どうしても誰かがやらなければならんのなら、人に迷惑をかけないでやります。問題があれば責任は必ずとります」と首相になったのです。「物来順応」の言葉通り、広田さんは自然体。実に東洋的な考え方をお持ちだと思います。一番すごいと思ったのは極東裁判での広田さんの態度です。中国に介入しない、戦争を拡大しないという考え方であったのに、周りの無罪主張にも、「戦争責任があるから」と最後までほとんど弁明をしなかったといいます。最終的には一票の差で絞首刑になった。論語は東洋的な講師だといつも机の上にあり、実践していた広田さんは生まれた時から国を背負って立つ、そういう資質を持った方でした。

運命に逆らわらず、逃げず、全力を尽くした広田弘毅

広田弘毅さんは同じ大名小学校で、私が昭和十年に修猷館に入り、同十一年二月二十六日、一年生の三学期に総理大臣になられました。当時、近衛さんが手をついて頼むと言われて、「自分は外交官で政治は向いとらんけれども、どうしても誰かがやらなければならんのなら、人に迷惑をかけないでやります。しかし問題があれば責任は必ずとります」と首相になったのです。「物来順応」の言葉通り、広田さんは自然体。柔軟に対応して、受けなければならないならば、受けると。実に東洋的な考え方をお持ちだと思います。
子どものときから自然と一緒に遊ぶことは大切です。私たちは、自然や山には神が住んでいると自然神のようなものを子どもの時から学んでいくわけです。将来日本を背負って立つような人はそういう感性が必要ではないかと思います。広田先生は星をよく眺めていたといいます。論語からとった弘毅の名も改名のために禅寺に行ったとあります。そんな生い立ちを先人の教訓として、小説や伝記の中から読み取らなければならないと思います。
日清戦争で遼東半島の割譲を受けましたが、三国干渉を受け、遼東半島を返還しなければならなかった。当時広田さんはこれに憤り、外交官を志すのです。でも一番すごいと思ったのは極東裁判での広田さんの態度です。花井弁護士が付き、無罪主張を強く勧めますが、「戦争責任があるから」と最後までほとんど弁明をしなかったといいます。最終的には軍人全員が絞首刑。広田先生は六対五の一票の差で絞首刑になった。かのキーマンが「広田弘毅を死刑にする極東裁判はけしからん」と言ったそうですね。中国に介入しない、戦争を拡大しないという考え方であったのに、まったく言い訳をしなかったと言います。「家族に何か言うことは」と聞いても「何も言うことはありません」と答えるなど、こういう心情は禅ですね。論語は東洋的な講師だといつも机の上にあり、実践していた。広田さんは生まれた時から国を背負って立つ、そういう資質を持った方でした。今そういう人が欲しいなと思います。
昭和四、五年の昭和恐慌の後に犬養毅首相も倒れます。当時の犠牲者というか、国を背負う総理というのは命がけだったんですよ。今の政治にはそういう人がいるだろうかと。今欲しいのは日本の先行きに対して、「全責任をしょっていくと、責任をとると、百万人いても我行かん」というような人。広田弘毅の足跡を見るにつけ、そういう立派な政治家ができて欲しいと思います。人生八十年になり、戦後五十年今まで変わらずに来ているシステムというのが問題。今や先進国のモデルはどこにもないんですよ。自分で考えなきゃ仕方がない。今はちょうど明治維新と同じ時期、第三の開国・改革というか、そういう時期ではないかと思います。

人生から学び取った「志」

私が生まれたのが大正十一年九月。日清・日露戦争、第一次世界大戦も終わり、ようやく平和が戻って、大正デモクラシー、自由、民主という言葉が流行りました。束の間の平和な時代に生まれたように思います。昭和に入るとまさに戦争世紀。五、六歳のころ、おふくろの里が筑紫野市で、夏祭りで青年団が芝居をします。切腹しておなかのところで扇が開いて赤に変わるシーン。子ども心に人が死ぬんだなあと思いました。そして昭和十八年、学徒出陣で生き残って帰ってきた。本当に優秀な人は先に死んでますね。戦後、憲法が変わり、価値の大変換がありました。私も人生がまったく変わりました。東大に入って金持ちなら官僚と決まっていましたが、そんな官僚ならなりたくないと思って、戦争で死んだ友だちの分まで、何かをやりたいと思った。それを私は志(こころざし)だと思うんですよね。自分が描いたロマンや理想を、人生かけて実行していくことだと思う。命をかけてそれをやり遂げようとする気迫、それが大事だと思うんです。
二十歳で学徒出陣しました。戦争では主計になってみんなを引き連れて糧秣を取りに行っては中国の共産軍から攻撃されたり、一年捕虜になって、部隊千人の帰国までの生活を考えなければならなかった。部隊長のところに行って「これから将校も兵隊もありません。食料の配分について一任ください」と申し出たのですが、将校たちが酒盛りをするんですよ。酒の肴がない、食べ物出せと。中国では捕虜になっても襟章も取られず階級もそのままなんです。申し出を断った私のところにきた将校が、「大体お前は前からけしからん。大学出でいばっとる」と顔の形が変わるほど殴られた。しかし困った時は、みんなが助け合うんだということをそこで覚えたですね。
戦後復学して東大法学部に戻り、役人になると決めていました。その時労働基準法がなく、一日十一時間労働はざらで、土日も働いている。紡績工場なんかは二十四時間勤務そんな状況でした。飯はたくさん食わしてくれるけれども、食べ物の粗末なこと。特に女性、子どもへの待遇は過酷でした。女工さんは三年くらいで辞めていって、結核なんかで死ぬ人もいました。子供も十五歳くらいで働いていました。そんな時、労働省ができた。私の志は役人になるではなくて、労働省入って、弱い人、困っている人を何とかしたいと思っていた。だから狙って入りました。そして入ったらすぐ、労働運動の激しい時には組合運動までやりました。昭和二十八年ころの労働行政は、困った人を助けるという志を持った人が入ってきていますね。そういう志を持ってないといけない。労働省に三十三年いましたが、身体障害者の雇用促進をやりました。定年55歳、週休二日もやって、ようやく国際的な水準も上がってきた。男女雇用機会均等法、差別撤廃でも頑張った。それも各省反対ですよ。でも体を張って、やるときはやらなければならない。このように時代も変われば法律も変えていかねばならない。
福岡に助役で帰ってきた時、次官経験者が四階級も下がる地位につくのはおかしいとも言われました。でも新藤さんを助けなければならない。記者があまりに聞くので、「士は己を知る者のために死す」という中国のことわざを言った。私のことを知ってくれた進藤さんなら、俺は死んでもいいという言葉しか言わなかった。格なんて関係ない。進藤さんをどう助けるか、それが志。自分の将来に、自分の生き方に誇りを持っていますか。

和魂漢才で教育を拓く

これからの日本に大切なのは教育問題です。ぜひ聞いていただきたいのが、三歳までの乳飲み子はあまり人に預けずに、ぜひ両親の手で育てて欲しいんです。三歳までに子どもの脳細胞は爆発的に発達します。大事なのはお母さんが抱っこしてあげること。預ければ可も不可もなく育てるでしょう。でも愛情はない。母親の愛とは違うんですよ。母親が自分の子どもを抱いて母乳で育てる、そこに感性が育つんです。また悪賢くなり残忍性も出てくる四~七歳のころは知性よりは感性を捉えなきゃ。しつけです。最近の子は三間がない、塾に行って時間がない。勉強ばかりするから仲間がいない。広っぱがない、空間がない。自然に触れる機会がないんですね。カブトムシはどこにいるかと聞くと、デパートにいると言う話もあります。私が三歳のころケンカして泣いて帰ると、母は家の中に入れてくれなかった。「ケンカしたら勝って帰ってこいと、もし相手が怪我でもしたら私が謝りに行く」。要は負け犬になったらだめなんですよね。いじめというのは負け犬なんですよ。やり返せと。だから私もやり返していました。そういう人間的な教育って大切だと。
最近、子どもたちを見たら、コンタクトレンズ入れて茶髪ですよ。日本じゃない。自然と接さなくてはいけない。人間というのは小さいものだと敬虔な気持ちになったり、礼節を重んじたりする。傲慢になって礼節も礼儀も忘れ、先生を先生と思わない、お父さんをお父さんと思わない。もう一回子どもを自然に帰し、国を愛し、社会を愛する心、東洋の心、アジア的な心を磨きたいですね。一ヵ月くらい野外で生活したり、1年間は自衛隊に入るとかの体験で、物が足りないとか、少ないとか、耐えるということを知るべきです。星を眺め、自然の懐の中でものを考え、子どものときの愛、教育、しつけから時代を変えていかねばならないですね。
小泉首相が毎週でも語りかけたらどうですかね。俺はこうするんだと、そうすれば国民一人一人が頑張りますよ。企業も国に頼りすぎているでしょう。力がないですよ。各省もばらばら、国は頼りない。一人一人が立ち上がるしかない。何か変えないとだめ。日本という船がどこに行くか分からない状態で自分の国一つ守れない国にはびっくりしますし、戸締りもできないようなことではいけません。憲法というのは日本の鏡。日本人の魂、心を取り返すような憲法や教育によって、和魂漢才、日本人の心を取り戻さなくてはいけませんね。
2003年5月23日
桑原敬一氏 前福岡市長 福岡市博物館館長

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする