ご存知ですか?政治、文学、環境に貢献した杉山家三代



杉山茂丸


夢野久作

杉山龍丸


1864年(元治元年)に福岡市・天神町で誕生した国士・茂丸は、幕末の坂本竜馬のように一民間人でありながら明治維新後の植民地化を憂え、「和魂洋才」の言葉を盛んに使い、政府中枢と結び付き国事に奔走し日本の近代化に貢献しました。
郷土のウォーターフロント計画の礎を築いた快人は死んでも公に尽くし、東大に骨格標本として夫婦で眠っています。その志は文学の世界において息子で大作「ドグラマグラ」の著者・夢野久作に継がれ、砂漠緑化推進者で私財を投げ打ちインドを飢饉から救い「グリーン・ファーザー」と尊称されている孫の杉山龍丸にたぎり、曾孫(ひまご)の満丸、玄孫(やしゃご)の茂丸に綿綿と息づいております。
30数年前、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作元首相にお会いし「茂丸さんにお世話になった。龍丸さんをよろしく頼む。」と言われる時まで、私自身杉山ファミリーを知りませんでした。今この政治、文学、環境・・・・で偉業を語る杉山ファミリーの資料3千点が福岡市総合図書館に寄託されています。しかしこのファミリーの志を知る人は数少ないと言えます。
この記念館でこれからこのファミリーの多くの業績や志をそして生き様を易しき、深く、面白く御紹介します。

二〇〇七年の会 権藤宣威

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コメント

  1. 浦辺 より:

     東京築地本願寺(東京築地市場の隣)の境内には日露戦争戦勝記念として「凱旋釜」という碑があります。これは杉山茂丸が児玉源太郎に戦勝記念として贈った巨大な茶釜を埋めた跡といわれています。
     築地本願寺の案内板、案内書への記載など何もありませんが、児玉源太郎と杉山茂丸との関係を確認できる貴重な遺物と思います。