6.22立志塾「貝原益軒」レポート

貝原益軒(一六三〇~一七一四)は筑前国(現在の福岡県)に福岡藩士の子として生まれる。幼少から読書家で、本草学や朱子学などを学び、「筑前国続風土記」を編纂(さん)するが、後の時代まで益軒の知名度を高めたのが晩年の著作の数々だ。中でも広く知られる「養生訓」は儒教と道教に基づいた心身の健康法が述べられている。腹八分目など食事の取り方だけでなく、ストレスをためずに楽しく生きることが大切と説いている。そのためには足ることを知り、自分に与えられた分を安んじて全うする“知足安分(ちそくあんぶん)”を揚げている。
これは東郷平八郎や山本五十六など多くの人を魅了した中村天風翁の人生哲学「人生は心ひとつの置きどころ」にも通じる。人は意志がぐらつくと悩みや迷いが出て、ストレスが起こる。心がぐらつかず、これしかない、という心持ちが一番だ。一億人の中から、縁あって選んだ伴侶を「これしかない」という心ひとつで連れ添っていただきたい。
ちなみに益軒の夫人、東軒とは二十歳ほど年が離れていたが、教養人で仲むつまじかったという。それだけに養生訓を書いた益軒でさえも、妻に先立たれたのはこたえ、八十五歳で亡くなった。

益軒先生から中高年諸氏への励ましのメッセージ

人生は五十歳くらいにならないと血気が不安定で知恵も出ない、歴史的な知識にも疎く、社会の変化にも慣れていないので、間違ったことも多く、行いを後悔することもしばしばある。人生の道理も楽しみもよく分かっていない。五十歳になる前に早死にすることは不幸なことだ。長生きすれば楽しみ多く、利益も多い。不可能だったことも可能になる。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする