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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)

サンフランシスコ日本人墓地で福岡ゆかりの先人に会う

1月04日サンフランシスコの近郊コルマの日本人墓地に眠る親戚を尋ねたが、入り口にそびえたつ記念碑で久留米市出身のポテト王牛島謹爾を知る。 西日本新聞の聞き書きシリーズの四島一二三は牛島より10年送れて17歳で渡米している。

カリフォルニアのポテトキング 牛島謹爾(ジョージ・シマ)
1864~1926
元治元年~昭和元年

三潴郡鳥飼町(久留米市梅満町)出身

1888(明治21)年12月15日、25歳で渡米。ストックトン市で「シマファンシー」という商品名の馬鈴薯で億万長者になる。ストックトンのサンオーキンデルタカレッジに記念館{シマセンター」がある。在米日本人会初代会長。サンマテオ郡コルマの日本人共同墓地に渋沢栄一子爵が建てた記念碑に「奮い立てよ若き人々よ、祖国のために」と書いてある。中国文学に造詣深く、「別天」と号し漢詩を作った。

一番電車30年 四島一二三
1881年10月14日~1976年11月01日
明治14年~昭和51年

久留米市北野町生まれ / 17歳で渡米し、米国仕込みの起業家として福岡相互銀行(現西日本シティ銀行)を創設する。

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