東芝の父・田中久重~からくり儀右衛門~82歳で逝く
きりりと引きし絞った弓、ひょいと矢を放すと見事的中、これぞ江戸時代のロボット弓張り人形。はたまた出てきました茶運び人形、お盆に茶碗を置くとすり足で客の前でお辞儀をし「はいどうぞ」、お茶を飲み、茶碗をお盆に戻すとくるりと向きを変え帰って行くお利口さん。江戸末期のロボットはどこでも大人気。これらロボットの生みの親は久留米の大発明家のからくり儀右衛門であった。
久重は創意工夫と事業拡大だけでなく、天文学・陰陽道の名門土御門家に入門し、時刻、暦、天体についての学び、また京都の広瀬元恭から蘭学を学ぶなど、学問による新知識の吸収にも努めた。
久重は広瀬元恭の蘭学塾で同門であった佐賀藩士佐野常民の推薦によって佐賀藩に仕え、蒸気船、汽車の模型、アームストロング砲などの製作にかかわり、佐賀藩を雄藩にのし上げる手助けをした。また故郷の久留米藩の招きにも応じ、久留米藩製造所長となり、月の前半は佐賀、月の後半は久留米で活躍した。
1873年(明治6年)、75歳の時上京し、明治政府の命により各種電信機器の開発・製造を行い、1875年(明治8年)、銀座に店舗兼工場を創設した。この製造所は養嗣子の2代目久重が継ぎ、芝浦に製作所を造り、1893年(明治26年)に、田中製造所を芝浦製作所と改名し、1939年(昭和14年)には東京芝浦電気株式会社が誕生した。1984年(昭和59年)、東芝に変更された。 1881年(明治14年)1月11日、82歳で没した
東芝の父 田中久重
1799年09月18日~1881年01月11日
久留米市生まれ / からくり儀右衛門。技術大国の基礎を作る。からくり人形から和時計、蒸気船、 電信機までモノつくりに命をかける。
Posted by 管理者 at 2007-01-11 [ 先人紹介&エピソード ]





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