1918(大正7)年09月29日 原敬内閣が成立。戊辰戦争から50年、同盟軍(いわゆる賊軍)である南部藩(盛岡)から平民宰相が生まれた。福岡市中央区天神町出身の国士杉山茂丸が山県有朋を工作し、念願を叶えたといわれる。
杉山茂丸 全身献体の快人
1864年08月15日~1935年07月19日
元治元年~昭和10年
福岡市天神町生まれ。国士・民間政治家(いわゆる浪人)だが、金融と経済こそ近代国家の基本と言う観点から、伊藤博文、山形有朋、桂太郎などを動かして、近代国家としての日本の方向付けを行なった。死体国有論の茂丸は1935年(昭和10年)のこの日に死去、夫婦で東大に献体されている。
麻生 太賀吉(あそう たかきち) 吉田茂の資金源
1911年09月29日 - 1980年12月02日
明治44年~昭和55年
福岡県飯塚市出身。日本の実業家、政治家。麻生セメント会長。九州の炭鉱王、麻生太吉の孫で吉田茂の女婿。外務大臣の麻生太郎は長男。麻生セメント社長の麻生泰は次男。寬仁親王妃信子は三女。
Posted by 管理者 at 2006-09-26 [ 先人紹介&エピソード ]





コメント