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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、金印倶楽部)

1905年(明治38年)7月31日にロシア軍が樺太で日本に投降し、日露戦争が終結する。 この戦争には、多くの福岡に縁がある先人が関わり、特に杉山茂丸や金子堅太郎、明石元二郎らが特記される。9月04日は講和条約であるポーツマス条約(日露講和条約)調印の前日、関係者の命をかけた苦労が偲ばれる。

ポーツマス条約(日露講和条約)は、1905年9月05日15時47分に、アメリカ合衆国のセオドア・ルーズベルト大統領の斡旋によって、ニューハンプシャー州ポーツマスの海軍工廠において、日本全権小村寿太郎とロシア全権セルゲイ・ウィッテの間で調印が成され締結された、日露戦争の講和条約。また、条約内容を勘案した会議のことをポーツマス会議と呼ぶ。

金子堅太郎 明治憲法起草者

1853年03月13日~1942年05月16日
嘉永6年~昭和17年

福岡市城南区生まれ / 黒田藩留学生としてハーバード大学で法律、憲法、国際法を学ぶ。ルールーズベルト大統領の同窓生で日露戦争終結に大貢献。

明石元二郎 世界をゆさぶったスパイ

1864年08月01日~1919年11月24日
元治元年~大正8年

福岡市生まれ / 日露戦争に活躍し、「明石1人で大山満州軍20万に匹敵する」と賞賛を受ける。 調印の日ぎりぎりまでヨーロッパで活躍する。

山座円次郎 外交官

1866年12月01日~1914年05月28日
慶応2年~大正3年

福岡市中央区生まれ / 小村寿太郎を外相を助け、日露戦争の開戦から終結までに取り組む。廣田弘毅が外交官になるきっかけを作る。

杉山茂丸 全身献体の快人

1864年08月15日~1935年07月19日
元治元年~昭和10年

福岡市天神町生まれ。国士・民間政治家(いわゆる浪人)だが、金融と経済こそ近代国家の基本と言う観点から、伊藤博文、山形有朋、桂太郎などを動かして、近代国家としての日本の方向付けを行なった。死体国有論の茂丸は1935年(昭和10年)のこの日に死去、夫婦で東大に献体されている。

日露戦争の全てに関わった国士である。

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