八頭良一 (やずりょういち) 飛行機発明の先駆者
1878年06月30日~1908年10月16日
明治11年~明治41年
豊前市黒土町 / 1901年に「飛翔理論」を脱稿、森鴎外が「天馬行空」の書を遺族に贈った。自動算盤や早繰辞書なども発明。旧制豊津中学(現豊津高校)を3年で中退。鳥類飛翔の研究をするため大阪へ。
1901年(明治31年)に飛行機研究のための『飛翔理論』を脱稿、当時の小倉第12師団軍医部長森林太郎(鴎外)の紹介で東大理学部の研究生になる。井上馨、鮎川義介らの援助で東京市小石川区に製作工場を建設し試作指導に当たる。しかし過労がたたり研究半ばにして結核で死去。のち森鴎外が『天馬行空』の書を遺族に贈った。死後2年日本最初の飛行は陸軍の日野、徳川両大尉によって成功した。主要な発明に自動算盤や早繰辞書などがある。
Posted by 管理者 at 2006-06-28 [ 先人紹介&エピソード ]



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