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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)

楢木博 「快適環境」の創造を目指す

福岡市に本社を持つ空研工業株式会社の創業者である。金印倶楽部の法人会員であられたが、既に亡くなられてることを本日付け西日本新聞朝刊で知る。

空調用冷却塔の国内市場で50%近いシェアーを誇る空調設備のリーディングカンパニーの創業者である。13日にお別れ式があった国産冷凍車を日本で始めて走らせた富永シヅさんの福岡運輸が今年50周年だが、空研工業も奇しくも50周年である。

また冷凍車は米軍の要請を「いつの日か、日本中に冷凍庫で生鮮食料品を運ぶ時代がやって来る」との閃きで受け入れたのがスタートだが、空拳工業の創業も楢木さんが、戦後間もないころ、春日原の米軍キャンプでかまぼこ形の兵舎にも冷房が入っているのに驚き、やがて日本にも「空調の時代がやってくる」と予感したことが原点だそうだ。

先人楢木博さんの明日を拓く福岡スピリッツをぜひ掘り起こしたい。情報のご提供をよろしく。

今日は冷蔵庫の日

空研工業の広告はグッドタイミングである。日本電気工業会家電部が、食中毒が多くなる夏至の日にと1985年(昭和60年)に制定している。

冷蔵庫の歴史

  • 日本書紀(仁徳紀62年)の「氷室」は氷で食物を冷やしていた。
  • 1887年(明治10年)大阪で氷を造る。
  • 1903年(明治36年)東京の魚河岸で氷を用いた冷蔵庫を使う。
  • 第5回国内勧業博覧で1853年アメリカのゴーグ博士が発明した冷媒としてアンモニアを使用した現在冷蔵庫の原型が展示される。
  • 1908年(明治41年)東京・京橋の岩谷商会がアメリカから輸入し、「二十世紀冷蔵庫」として販売。
  • 1921年(大正10年)国産第1号を東京芝浦製作所(現東芝)が試作。
  • 1930年(昭和5年) 東芝と日立が家庭用を製作。販売価格720円(住宅一軒の値段)でほとんど業務用として使用される。
  • 1953年(昭和28年) 家庭用小型冷蔵庫販売 8万円(サラリーマン平均給与の10倍)

以上は「日本初めて話題辞典」(編者 富田仁・ぎょうせい発行)と「今日はどんな日?」(著者・近藤道郎、発行株展望社)で調べる。

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