伊馬春部
1908年5月30日~1984年3月17日
明治41年~昭和59年
放送作家、歌人
北九州市八幡区木屋瀬の醤油醸造業柏屋(カネマタ)の5代目として生まれる。本名、高崎英雄 鞍手中学校(現鞍手高等学校)から國學院大學に進む。
伊馬鵜平の筆名で「新宿ムーラン・ルージュ」創立期の座付き作家の一人として活躍。戦後は、春部と改め、放送作家として、ラジオ・テレビ、映画・舞台の脚本などを手がけ、7年間人気を呼んだ「向こう三軒両隣り」の作家の一人として活躍。
また昭和51年(1976年)の宮中歌会始めの召人でもあり、母校鞍手高等学校や地元木屋瀬中学校など、数々の校歌・市歌の作詞するなど幅広い分野で活躍する。
生家で市の指定有形文化財(建造物)の指定を受けている旧高崎家住宅には春部に関する資料も展示公開されている。
旧高崎家住宅 www.kitakyushu-city.com/yahataku/takasaki.html
杉田久女
1890年05月30日~1946年01月21日
鹿児島市生まれ / 小倉で「ホトトギス派」の閨秀俳人として、大正中期から昭和初期にかけて俳壇に久女旋風を起こした。
緒方竹虎
1888年01月30日~1956年01月28日
明治21年~昭和31年
山形市生まれ / 敗戦直後の混乱を収拾し、戦後の保守合同に心血を注いだ玄洋社の流れをくんだ政治家。
1955.5月30日 自由民主党総裁代行・緒方竹虎が母校修猷館の創立70周年記念で講演、「新憲法は、途中から占領軍から無理矢理に押し付けられたもの、当初新憲法を起草していた松本蒸治博士や美濃部達吉博士等は最後まで敢然と反対し、また清水澄(通る)博士は死を持って抗議した。・・・若い諸君が、日本独立気概をの中心を持って任じ、日本再建の推進に当たってほしい」と訴えた。翌年1月に逝去し、憲法改正が遺言となった。
Posted by 管理者 at 2006-05-30 [ 先人紹介&エピソード ]





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