金子堅太郎
1853年03月13日~1942年05月16日福岡市城南区官僚・政治家
黒田藩留学生としてハーバード大学で法律、憲法、国際法を学ぶ。明治憲法起草者として活躍し、日露戦争終結に貢献する。
菊竹六皷
1932年5月16日の福岡日日新聞に信念の言論人菊竹六皷(副社長)が前日に起こった5・15事件で軍部の非を訴えた論説を書く。全国の新聞がほとんど沈黙を守った中で「首相凶手にタオル」「あえて国民の覚悟を促す」などの論説を書いて軍人の暴挙を批判した。東京千鳥ヶ淵公園の新聞人顕彰には反骨のジャーナリストとしてその名が刻まれ、郷里吉井町には記念館がある。
Posted by 管理者 at 2006-05-16 [ 先人紹介&エピソード ]





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