1937年06月10日~2007年11月13日
大分県別府市
1958年10月21日西鉄ライオンズは稲尾投手の5連投4連勝で巨人軍に奇跡の日本シリーズ3連覇を果たす。10月17日の第5戦10回裏で本人が劇的サヨナラホームランを打ち、「神様、仏様、稲尾様、救いの神の稲尾様」と称えられた。
1937年06月10日~2007年11月13日
大分県別府市
1958年10月21日西鉄ライオンズは稲尾投手の5連投4連勝で巨人軍に奇跡の日本シリーズ3連覇を果たす。10月17日の第5戦10回裏で本人が劇的サヨナラホームランを打ち、「神様、仏様、稲尾様、救いの神の稲尾様」と称えられた。
1912年02月09日 - 1968年12月16日
大正元年~昭和43年
大分県宇佐郡天津村布津部(現在の宇佐市下庄)出身。第35代横綱。 69連勝、優勝12回、全勝8回などを記録。1943(昭和18)年大宰府に「双葉山相撲錬成道場」を開設。
1898年(明治31年)に時の福岡県知事と警察が「丈の高い山笠が頻繁に電線を切断する」「半裸の舁(か)き手は野蛮」などの理由で山笠廃止を打ち出した。博多の人達に助力を求められた古島九州日報主筆は、新聞で約1ヶ月間、山笠廃止反対の論陣を張り、
一方博多っ子たちに[山笠を低くすれば電線は切らぬ。半裸が悪ければ法被を着ればよい]と説得し仲裁役を買って出て山笠を守った。
1931年01月20日~1992年06月10日
昭和6年~平成4年
久留米市出身の作曲家・ジャズピアニスト。1950年代末から1960年にかけて、「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」など永六輔とのコンビで数々のヒット曲を出す。1959(昭和34)年12月27日、「黒い花びら」で第1回レコード大賞は受賞する。作詞永六輔、歌手水原弘
旧制中学明善、早稲田大学高等学院、早稲田大学文学部卒業。学生時代に音二郎の再来と言われる渡辺晋とシックスジョーズで活動、1953年からドラマージョージ川口率いるカルテット「ビッグ4」で活躍。当時の大衆的ジャズブームの渦中で非常な人気を得た。1950年代末からは作曲家として数々のヒット曲を生み、1959年の「黒い花びら」(作詞・永六輔、歌・水原弘)で第一回日本レコード大賞を受賞。
主な作曲作品 「上を向いて歩こう」(坂本九)、「黒い花びら」(水原弘)、「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよ)、「遠くへ行きたい」(ジェリー藤尾)、「世界の国からこんには」(三波春夫)、「帰路かな」(北島三郎)、「夢で逢いましょう」(坂本スミ子)
1898年02月05日~1962年07月18日
明治31年~昭和37年
豊前市生まれ / 時代劇のトップスタートして1925年から1961年まで約300本の作品に出演。晩年造園に執念を燃やす。
1917年09月07日~2005年10月30日
福岡市出身。中学修猷館(現在の福岡県立修猷館高等学校)から日大予科に進学。1936年のベルリンオリンピック200m平泳ぎで金メダルを獲得。1940年に第一線を退くまで、200m平泳ぎで世界ランキング1位の座を守った。
1916年05月15日~1977年08月03日
浮羽郡吉井町生まれ / 福岡高女を1947年から連続九州代表として全日本合唱コンクールで1位・2位・3位の輝かしい成績を収める。