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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)
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1879年04月03日~1915年02月08日

茨城県生まれ / 我が国最初の本格的農村小説を書き、不朽の名作「土」を夏目漱石の推挙により1910(明治43)年06月13日朝日新聞に連載小説として発表、1912年九大に入院『鍼の如く』の秀歌を作る。1915(大正4年)九州大学の病院で37歳の若い一生を終えた。

1876年07月30日~1968年12月01日

東京都北区王子生まれ / 積極的言葉による積極的思考の生き方・心身統一法(ヨガ)を進める哲人。修猷館と玄洋社で学び、113名いた軍事探偵のうち日露戦争から生還したわずか9名のうちの1人。

1919年05月31日 頭山満の代理として哲人・中村天風が講演、ヨガ普及に旅発つ

1246年~1314年

熊本県 / 肥後の国竹崎郷から、文永の役、弘安の役で参戦活躍。教科書で有名な絵巻物を制作、1293年02月09日に完成させる。

九州(肥後)の御家人で、自身の戦功を描かせた『蒙古襲来絵詞』で知られる竹崎季長は、文永の役の時は少弐経資(大宰府)の指揮下で活躍したが、弘安の役では、安達盛宗(泰盛の子)の指揮下のもと、志賀島、壱岐の海戦では敵の軍船に乗り込んで活躍して軍功を挙げ、多大な恩賞を与えられた。

1912年02月03日~1976年01月02日

山梨県生まれ / 無頼派と呼ばれながら戦後の文壇にくっきりと足跡を残し、能古島を終の棲家にした直木賞作家。

1854年08月22日~1919年03月25日

佐賀県唐津市生まれ / 1914年(大正03年)完成の東京駅を始め全国に多くの赤煉瓦建造物を設計する。1909年文化館を建設。

1866年11月12日~1925年03月12日

中国広東省生まれ / 1913年(大正02年)03月17日、18日来福し、玄洋社をはじめとする友人や、九大などで革命の応援を頼む。

1305年~1358年04月30日

元弘3(1333)年04月27日、京都六波羅(後醍醐天皇)から鎌倉幕府の命を受け、山陰へ向かう途中、丹波国の篠村八幡に陣を張り倒幕を決意する。倒幕後に後醍醐天皇に敗れ、筑前に逃れる。大宰府で再起し、1336年京都に上り、京都に上り「建武式目(けんむしきもく)」を定め、1338(建武5)年08月11日北朝の2代目・光明天皇から征夷大将軍の宣下を受け、室町幕府初代将軍となる。

福岡と尊氏

尊氏は奥州から上洛した後醍醐天皇の命による北畠明家と楠正成・新田義貞に敗れ、京都奪還を諦めて赤松円心の進言により九州に下る。

九州では長門国赤間関(山口県下関市)で少弐頼尚に迎えられ、筑前国宗像の宗像大社宮司宗像氏範の支援を受ける。1336年、宗像大社参拝後、糟屋郡(現在の福岡市東区)の多々良浜において行われた多々良浜の戦いで宮方の菊池武敏を破り勢力を建て直した尊氏は、京に上る途中で光厳上皇の院宣を掲げ、西国の武士を傘下に集めて再び東上する。湊川の戦いで新田義貞・楠木正成の軍を破って京都を制圧する。

1891年02月23日~1943年02月12日

広島市生まれ / 1918年今川橋金竜寺境内の貝原益軒記念堂で療養中に構想を練り執筆。

1871年07月18日~1946年12月07日
明治04年07月18日~昭和21年12月07日

東京都日本橋生まれ/日本一の芸妓から川上音二郎の妻になり、明治・昭和の女優として活躍。1912(大正元)年10月16日から七日間、博多の明治座で夫音二郎の追善興行を開催する。

1930年01月26日~2004年10月21日

東京都生まれ / 八女高から西南学院中退。ラジオやテレビ、映画のシナリオなどでも幅広く活躍した詩人。

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