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運営:ふくおか新遊民倶楽部(旧二〇〇七年の会)
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1891年05月15日~1984年11月26日 明治24年~

佐賀県唐津市生まれ/小倉工業高校から八幡製鉄所に勤務。早大から建築界に進み、北九州市八幡のを強く受けて60余年にわたり日本建築史に足跡を残した。戦後の代表作の一つは、世界各地の浄財で創られた広島の世界平和記念聖堂である。1953年(昭和28年)に完成、2006年(平成18年)に戦後建築初の重要文化財指定を受ける。

1319・元応元年・?~1373年・応安6年・11月16日

熊本益城郡豊田庄、南朝懐良親王を立て、1359年08月06日の筑後川の戦い(大原合戦)で少弐頼尚に対して勝利し、夜襲を仕掛けて大宰府を奪う。戦いの後、傷ついた菊池武光が、刀についた血糊を川で洗ったところが、筑後国太刀洗(現福岡県三井郡大刀洗町)である。その後、武光は懐良親王を擁して大宰府に征西府を確立し、1362年には大友氏時と再度戦って豊前を攻略する。また、九州探題であった斯波氏経が大宰府に襲来した際には弟の菊池武義と共にこれを撃退した。1372年に斯波氏経、渋川義行の後任として今川貞世(了俊)が九州探題として就任して派遣されると、武光は了俊に敗れ、懐良親王と共に大宰府から逃れて高良山を新たな拠点とする。北朝の後光厳天皇は菊池武光の武威を恐れて、その追討を命じる綸旨を出した。

1373年11月16日に死去。享年は52と言われている。熊本県菊池市の菊池神社の主祭神として祀られている。

墓所は熊本県菊池市の正観寺。福岡県大刀洗町の大刀洗町公園には銅像がある。

1890年10月25日~1974年03月01日
明治23年~昭和49年

法学者、文部大臣として日本国憲法に署名し、教育基本法制定に尽力する。閣僚(文部大臣)を経験した唯一の最高裁判所長官として在任期間3889日間、歴代最長の記録を持ち最高裁の基盤を創った。その後昭和36年より9年間オランダのハーグで国際司法裁判所判事として活躍する。

1947年03月15日~2004年12月30日

福岡県朝倉市朝倉町に誕生、囲碁界のビッグタイトルである名人、十段、王座、棋聖、天元、  本因坊などを獲得した我が国代表的棋士で、棋界の改革に取り組む。

1202年11月01日~1280年11月10日
建仁2年10月15日~弘安3年10月11日

鎌倉時代中期の臨済宗の僧。本名は円爾(えんに)。宋から帰国後博多で承天寺(じょうてんじ)を開山し、山笠(07月01日~07月15日)をはじめ、饅頭を普及する。

駿河(静岡県)の出身。鎌倉時代中期の臨済宗の僧。本名円爾(えんに)諡号(しごう)は聖一国師(しょういちこくし)。嘉禎元年(1235年)、宋に渡航して無準師範(ぶしゅんしばん、1178年 - 1249年)の法を嗣いだ。帰国後博多で承天寺(じょうてんじ)を開山し、『疫病が流行り,施餓鬼棚(せがきだな)に乗って担がせ、清めて回り』山笠をスタートさせる。また酒饅頭の製法を教え、承天寺は饅頭の発祥の地といわれている。

1866年07月02日~1952年01月29日

日本初の林学博士で「公園の父」、1924年に大濠公園を新設設計。東大教授で大富豪、定年時に全財産を寄贈する堂々たる金銭哲学を持つ。

1582年~1602年12月01日
秀吉の養子から名島城主で小早川隆景筑前領主の養子になり、関が原で東軍大勝の因を作った戦国武将。

1937年06月10日~2007年11月13日
大分県別府市

1958年10月21日西鉄ライオンズは稲尾投手の5連投4連勝で巨人軍に奇跡の日本シリーズ3連覇を果たす。10月17日の第5戦10回裏で本人が劇的サヨナラホームランを打ち、「神様、仏様、稲尾様、救いの神の稲尾様」と称えられた。

1858年10月27日 -~1919年01月06日 
安政5年~大正8年

ニューヨーク州ニューヨーク市出身。第25代、第26代アメリカ合衆国大統領。1905(明治38)年、日露戦争で日本・ロシア間の調停をつとめた恩人。早く戦争を終結させようとする金子堅太郎全権大使に協力し、停戦からポーツマス条約での和平交渉に尽力した。この和平交渉の斡旋によってルーズベルトは1906年ノーベル平和賞を受賞した。

新渡戸稲造の「武士道」を読み感銘した親日家で、福岡市出身で明治憲法起草者・金子堅太郎とはハーバード大学の同窓生であった。

1655~1708年11月10日
明暦元年~宝永5年

福岡藩の家老、詩歌文章に優れた文人。千利休の茶の精神をもとにして福岡藩の茶道、南方流を生み出した。書や和歌に長じ、貝原益軒の門人で禅寺も開基した当代随一の文化人だった。

たちばなりゅう(なんぼうりゅう) とは

筑前黒田家家臣立花実山を祖とする。 江戸初期に成立。 織部流を本とし、道安流と遠州流を加味して、一派を開いた。 「南坊録」を基とするので、一名南坊流ともいう。

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