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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)


















1908(明治41)年02月18日移民に関する日米紳士協約が結ばれる。日本はアメリカ合衆国への新規移民を禁止することを約束した。

20年前の1888(明治21)年に渡米し、サンフランシスコの近郊コルマの日本人墓地に眠る久留米市出身のポテト王牛島謹爾也や10年後に渡米した福岡市シティー銀行の創設者四島一二三等が移民する時代から日露戦争の翌年1906(明治39)年をピークに増えたアメリカへの移民は、日露戦争後の日米関係悪化に伴い1906年(明治39年)にサンフランシスコで日本人学童排斥問題が起き、1908年(明治41年)のアメリカ向移住制限に関する日米紳士協約、1921年(大正10年)の緊急移民割当法、1924年(大正13年)のアメリカ排日移民法制定等で漸減していく。こうしたアメリカの制限が南米ブラジルの移民を増加させる。

1908(明治40)年2月18日アメリカ移民に関する協定締結。日本人移民が制限される。アメリカで活躍した福岡ゆかりの先人達は





1784(天明4)年02月23日、福岡市の志賀島(しかのしま)の農民甚兵衛さんが純金の刻印を掘り起こす。57年に後漢の光武帝から日本よりの朝貢者に賜った国宝金印であることを当時の有名な国学者亀井南冥(かめいなんめい)が解明する。

ふくおか新遊民倶楽部(旧二〇〇七年の会)は今日を「出会いの記念日」として、毎年「新遊民の集い」を開催し、今年11周年を迎えた。



1936(昭和11)年02月26日の二・二六事件(にーにーろくじけん)で、翌日朝日新聞を襲撃した反乱軍と応接したのは緒方竹虎主筆。小野派一刀流大目録の腕を持つ緒方の対応は見事であったという話は、有名である。



今日を築き、明日を拓く先人をお教えください。

この日に縁がある先人募集中 isen@kinin.com

山手晋のメッセージ「一即多」
杉山茂丸の俗戦国策に曰く「・・・いわんや西郷、高杉等を援けて擁護したる筑前勤皇先輩(加藤司書や平野國臣)の死の如きは、実に同情に耐えぬのである。即ち尊皇攘夷の醸造元は水戸であって、之が元売捌(さばき)所は筑前であった。そこに居候に来ていた西郷、高杉の如き自己の郷里が藩論の一致を欠いていた時ゆえ、この尊王攘夷論という当世の要諦(要諦)を筑前の先輩に教わったので、両人は各々の膝を打って起(た)ちこの尊王攘夷論を以って、藩論の一致を促す絶好の策なりとして、その旗印を各郷藩に翻したのである。それがズドンと当たって藩論の一致をみ、薩長連合となってアノ大繁昌をなしたので、水戸も筑前も、薩長藩閥の鳶(とび)に尊皇攘夷という油揚げを浚(さら)われたと同じ事である。」