お金持ちより時間持ち、モノ持ちよりもココロ持ち
講師…作家 岬 龍一郎 氏
◆日時 6月22日(金)18時~19時30分
◆会場 福岡国際ホール 福岡市中央区天神1-4-1西日本新聞会館16F
◆会費 3,000円(小さな博物館運動チャリティー基金含む)
*二〇〇七年の会の方は無料です。
みさき りゅういちろう
1946年生まれ早稲田大学卒。作家・評論家。情報会社・出版社のやり手役員として活躍していた時に、司馬遼太郎さんから「そろそろいい人生を考え、いい仕事を考えなさい」とのアドバイスを受ける。40歳、スマイルズの『自助論』で「古典の中には人生の指針が秘められている」という言葉に出会い、いい人生を求めたいと真剣に思う。
ならば一度古典をしっかりと勉強してみようと古今東西の古典の勉強を始め、先師先賢に私淑して人生の方向を転換させた。45歳で出版社を辞め、日本人としてのバックボーンを打ち込めるような作家になろうと決心、3年間の千葉外房での隠遁生活に入る。その後、著述業のかたわら人材育成のための「人間経営塾」を全国10ヵ所で開催。役所や企業で「上に立つ者の人間学」を説く一方、美容師さんや居酒屋の店員さんに『和顔愛語』での接客などを指導している。
ベストセラー「国家の品格」の著者・藤原正彦氏が薦める「武士道」(新渡戸稲造著)の訳者でもある。著書…「いま、なぜ武士道か」「内村鑑三の代表的日本人を読む」「仕事論」「人間道」「教師の哲学」他。
(かいばらえきけん 1630年 - 1714年)
生涯に60部270余巻の書物を著し、日本のアリストテレスと言われる人。著述は儒学、本草学、医学、地理、歴史など諸分野に及び、大部分は黒田藩を辞した後、70歳以降に出版されたというからスゴイ!東軒夫人と仲睦まじく、旅の達人。自らの学問を「民生日用の学」と強調、今なお続く大ベストセラー「養生訓」は、益軒84歳の時である。
19時30分~心元気で生涯現役~みんなで乾杯!
いつまでも心元気でいるためには…。講師を囲み、そんなことを話しながら、おいしいビールで乾杯しましょう。
●飲食費 3,000円 *事前にお申し込み下さい。
会場:福岡国際ホール
2007-05-29 11:04. [ 記念館&立志塾ニュース ] コメント(0) • [固定URL]
人間の最終目的は独立である。下駄の歯入れをしても、紙くずを拾いでも独立したなら紳士として交際しよう。依頼心は自殺以上に罪悪である。野良犬でさえゴミをあさって天寿を保っている。野良犬に劣ってはならぬぞ。親にもらった自己の全能をもって働くことが第一である。人間は大自然の創造物であり、宇宙間の善智善能をもって結晶した最上無比の大宝器である。
ふくおか先人資料館 » 杉山茂丸 全身献体の快人
2007-05-25 12:43. [ 先人紹介&エピソード ] コメント(0) • [固定URL]
社会を乱す者
国家の腐敗はいつでも上層から先に腐って下層に及ぼすものである。日本では最下層まで腐り透ったことは一度もない。良き指導者が現れるときは、何時でも国民が立ち上がり国家をより良く回復させる。
学問に使われるな、学問を生かせ
人道は「智者は愚者を導き、強者は弱者を助け、富者は貧者を賑わす」わずかこの3つで足りる。しかし現世界の学問中毒の大勢は全てこれが反対である。
「智者は愚者を欺(あざむ)き、強者は弱者を凌(しの)ぎ、富者は貧者を虐(しいた)げる」
これでは決して永続きするものでないということを早く知った者が人道の自覚者で直ちに勝利者になるのである。
ふくおか先人資料館 » 杉山茂丸 全身献体の快人
2007-05-24 12:54. [ 先人紹介&エピソード ] コメント(0) • [固定URL]
映画と卓話 映画監督 山本眸古 氏
やまもと ひこ…大学卒業後、福岡の映像制作プロダクション㈱ビデオ・ステーション・キューに入社。15年間在籍したのちドキュメンタリーの制作を志向して退社。現在、フリーディレクター。
昨年の作品
・NHK BShi「ハイビジョンふるさと発」~有明海に生きるカメラマンの物語~
・TNC特番「武田鉄矢 母にささげるラストバラード」
・TNC日中韓共同制作特番 「家族のカタチ~母の愛~」
昨年は赤坂小梅生誕100周年。記念のドキュメンタリー映画『小梅姐さん』が今月完成しました。『黒田節』や『おてもやん』『炭坑節』などを一躍日本を代表する民謡に仕立て上げ、民謡ブームの火付け役となった赤坂小梅(福岡県川崎町出身1906~1992)を学びます。
◇会場 大名小学校公民館(福岡市中央区大名)
*西鉄グランドホテルと消防署の間の建物会場の都合で先着30名様とさせて頂きます。
◇時間 18時00分~20時00分
◇会費 無料
2007-05-07 01:00. [ 記念館&立志塾ニュース ] コメント(0) • [固定URL]
士魂商才を貫いた石油王
出光佐三は明治十八(一八八五)年、宗像市赤間で藍問屋の次男として生まれた。
神戸高商に進学後、なんと一商店に就職。神戸商高・水島銕也校長の「士魂商才」の教えを胸に商売の基礎を学んだ。しかし実家が倒産、窮地を救おうにも資金はなかったが、佐三の人間性に惚れ込んだ神戸の素封家が巨額の資金を提供。それを元手に同四十四年、門司に創業したのが機械油を扱う出光商会だ。
苦労した商売も軌道にのり大陸や台湾まで事業拡大。昭和十六年「出光三十年の歴史に誤りなし」と「人間尊重、大家族主義、独立自治、黄金の奴隷たるなかれ、生産者から消費者へ」の出光憲法を現している。
昭和二十年、敗戦で資産を失うが、八月十七日には社員に「愚痴をやめ、歴史を見直せ、建設にかかれ」と訓示。復興は苦難続きだったが、GHQから受けた廃油回収作業が認められ、同二十四年石油元売業者の一社となる。海外資本の傘下に入らず出光は独自の道を歩み、その後「日章丸事件」などを乗り越え、出光の名は海外でも有名になった。
しかし順調な自社に、逆に佐三は危機感を抱く。「金は国や社会貢献に大切だが、最善の努力で儲けねばならぬ。金儲け目的の会社はいずれ消える」と諭した。昭和四十一年に世界最大のタンカーを建造した時は、全国から中学生一万五千人を招待、「明日の日本を担う子に大きな夢を抱いてもらいたい」と願った。
佐三のもう一つの顔は美術品コレクター。伝統文化にも造詣が深く、出光美術館初代館長も務めた。そして昭和五十六年三月、九十七歳で天寿を全う。「顧みて、人間尊重の道は正しい日本人の胎動であった」と語ったという。
2007-05-07 12:58. [ 先人紹介&エピソード ] コメント(1) • [固定URL]