Skip to main content.

運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)

過去記事

「新遊民の集い」の盛会を願って

二〇〇七年…この年を私たちの人生の質を高める節目の年にしようと、「小さな博物館運動」に取り組んで参りました。お蔭様で郷土の語り部・神田紅師匠を先頭に、● 新遊民の集い ● ふくおか未来立志塾 ● 神田紅独演会 ● ふくおか紅塾(講談教室)など多岐にわたり数々の事業に取り組むことが出来ました。

いよいよ二〇〇七年を迎えます。一大イベント「新遊民の集い」の準備も順調に進んでいます。来春の小学校への金印レプリカ贈呈式は福岡市博物館で開催されます。つきましては、新年をお祝いし一年を予見する会を左記の通り開催致します。新春初の出会いを、皆様方とご一緒に楽しみたくご参加をお待ち申し上げます。来年もよろしくお願い申し上げますとともに、時節柄くれぐれもご自愛頂きますようお祈り致しております。

二〇〇七年の会 会長 緒方 世喜子

林芙美子 放浪記~秋が来たんだ

1903年12月31日~1951年06月28日
明治36年~昭和26年

北九州市門司区生まれ / 小説家。故郷喪失者の林文学は過酷な実生活に根ざしながらも詩情に富んでいる。

来島恒喜 自刃

1859年12月30日~1889年10月18日
安政6年~明治22年

福岡市生まれ / 1889年10月18日、条約改正反対を訴え、大隈重信外相の馬車に爆裂弾を投ず。玄洋社葬に大隈から花輪届く。

福田昌子 優生保護法

1912年07月08日~1975年12月30日
大正元年~昭和50年

鹿児島市生まれ / 戦後初の女性議員として議員立法優生保護法を自ら執筆。1956年福田学園を設立、各種社会活動にも貢献。

井上伝 久留米絣の創始者

1788年12月30日~1869年04月26日天明8年~明治2年

久留米市生まれ / 多数の弟子に自分の開発した織法を教え、特産の基礎をつくる

1925(大正14)年12月28日- 東京大相撲協会が財団法人大日本相撲協会を創立する。

1927(昭和2年)年1月05日に大阪相撲協会が解散し大日本相撲協会に合流し東西大相撲が合併する。福岡県は歴代2人の横綱を出している。雲竜久吉  雲竜型1823年~1891年06月15日文政6年~明治23年山門郡大和町生まれ / 30歳で入幕、大関昇進まで負け星8個、幕内優勝6回。39歳で第10代横綱免許、43歳で引退。故郷柳川立花家のお抱え力士。横綱土俵入り雲竜型の創始者。梅ケ谷藤太郎  相撲道中興の祖1845年02月~1928年06月15日弘化2年~昭和3年朝倉郡生まれ /1874年入幕、1879年大関、1884年 第15代横綱免許。幕内生活11年20場所中の負け星はわずか6個。優勝9回、全勝4回、連勝58の好成績を残す。国技館建設など明治・大正期に相撲振興に尽くした最大功労者。

1959(昭和34)年12月27日の第1回レコード大賞は福岡出身の中村八大が作曲した「黒い花びら」が受賞する。作詞永六輔、歌手水原弘

中村八大 ジャズピアニスト

1931年01月20日~1992年06月10日
昭和6年~平成4年

久留米市出身の作曲家・ジャズピアニスト。1950年代末から1960年にかけて、「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」など永六輔とのコンビで数々のヒット曲を出す。

旧制中学明善、早稲田大学高等学院、早稲田大学文学部卒業。学生時代に音二郎の再来と言われる渡辺晋とシックスジョーズで活動、1953年からドラマージョージ川口率いるカルテット「ビッグ4」で活躍。当時の大衆的ジャズブームの渦中で非常な人気を得た。1950年代末からは作曲家として数々のヒット曲を生み、1959年の「黒い花びら」(作詞・永六輔、歌・水原弘)で第一回日本レコード大賞を受賞。

主な作曲作品 「上を向いて歩こう」(坂本九)、「黒い花びら」(水原弘)、「こんにちは赤ちゃん」(梓みちよ)、「遠くへ行きたい」(ジェリー藤尾)、「世界の国からこんには」(三波春夫)、「帰路かな」(北島三郎)、「夢で逢いましょう」(坂本スミ子)

鑑真 戒壇院

688年~763年05月06日
持統天皇2年~天平宝字7年

中国揚子江陽県生まれ / 5回の失敗を乗り越え、753年12月26日に太宰府に到着。帰化後初のj授戒を戒壇院で行なう。唐招提寺建立。

1910(明治43)年12月22日(21日説・西日本新聞福岡県年鑑)に九州帝大設立される。

1867年、当時福岡を統治していた黒田藩は賛生館という医学教育を行う藩校を天神に設立した。

古河財閥から1906年に「福岡工科大学、仙台理科大学、札幌農科大学」の建物建設へ寄付の申し出があり、設置の動きが高まることとなる。古河財閥の寄付金約100万円のうち6割ほどが九州帝国大学工科大学校舎建設の資金として当てられ、さらに福岡県の寄付金によって1910年に九州帝国大学が設立された。残りの4割は札幌農学校の東北帝国大学農科大学昇格(1907年)と東北帝大理科大学新設(1910年)のために用いられている。

創立年を賛生館の設立した1867年、大学設置年を九州帝国大学として独立設置された1910年とみる。

山川健次郎 九大初代総長

1854年09月09日~1931年06月26日
嘉永7年閏7月17日生まれ

会津若松生まれ / わが国最初の理学博士学位を授与。1907年九州工大前身、明治専門学校総裁、1911(明治44)年4月01日から1913(大正2)年まで九州帝国大学総長に就く。

高松凌雲 赤十字活動の先駆者

1836年12月25日~1916年10月12日
天保7年~大正5年

小郡市生まれ / 戊辰の役で敵味方なく治療して赤十字精神を発揮、貧しい人を助ける同愛社を結成した偉大なる医哲。

井上哲次郎 日本観念論哲学の確立者

1855年12月25日~1944年12月07日
安政2年~昭和19年

福岡県太宰府市生まれ / 明治・大正期の日本哲学界の指導者であり、大御所であり、日本観念論哲学の確立者である。号 巽軒(そんけん)

倉田主税 科学技術振興財団

1889年03月01日~1969年12月25日
明治12年~昭和44年

宗像郡福間町生まれ / 戦後、日立製作所の再建と経済の復興に努め、とりわけ科学技術の振興に取り組む。

アインシュタイン 相対性原理講演会

1879年03月14日~1955年04月18日
明治12年~昭和30年

ドイツ生まれ / 1922年12月24日、福岡市大博劇場で3千人に講演したノーベル物理学賞受賞者。

種田山頭火(さねださんとうか) 「うしろすがたのしぐれてゆくか」を作る。

山頭火の作で最も有名なこの句は、1931(昭和6)年12月24日、夕刻に福岡県八女市で作られる。

満州事変から3ヶ月、山頭火は熊本県山鹿市の宿を出立し福岡県境の峠を下った八女市で作られた。菅笠(すげかさ)をかぶり、色あせた黒染めの法衣をまとっている。ずだ袋には大学ノートと万年筆をしのばせている。宿から峠まで16キロ。途中、門前や往来で経を唱え、米や金銭の施しを受けながら上り道だから、峠を越えたのは日差しが傾き始めた午後だろう。夜には雪が降り、辺りを白く染めた。

49歳。4度目となる放浪の途中だった。この日の日記に『昨夜は雪だった、山の雪がきらきら光って旅人を寂しがらせる、思いだしたように霙(みぞれ)が降る』と記している。(西日本新聞2月4日付け朝刊「山頭火日記』文熊本総局・山本敦文より)

広田弘毅 「物来順応」の人

1878年02月14日~1948年12月23日
明治11年~昭和23年

福岡市中央区生まれ / 戦犯で 黙して往った福岡出身唯一の宰相。福岡市天神の水鏡天満宮には小学校時代の掲額あり。

松本清張 或る「小倉日記」伝

1909年12月21日~1992年08月04日
明治42年~平成4年

北九州市小倉区生まれ / 作家生活40余年間で長編、短編ほか併せ千編の作品を出した戦後文学の巨人。

柴田徳次郎 国士舘創設者

1890年12月20日~1973年01月26日
明治23年~昭和48年

筑紫郡那珂川町生まれ / 1917年(大正6年)11月04日、頭山満,緒方竹虎、中野正剛等の協力で東京麻布に私塾国士舘を創設。

矢田一彇 蒙古軍襲来図

1858年12月19日~1913年04月22日 安政3年~大正2年

横浜 / 福岡市東公園の亀山上皇銅像建立に協力し、大絵画と日蓮銅像台座の法難図の原画を制作する。

立花宗茂 柳川藩立花家初代当主

1567年12月18日~1643年1月15日
永禄10年11月18日~寛永19年11月25日

1600(慶長5)年の関が原で改易になったが、大坂の陣の徳川方で華々しい戦功をたて、悲願の柳河城に十一万石の大身で見事に返り咲いた。

青柳種信 国学者

1766年02月20日~1835年12月17日
明和3年~天保6年

福岡市中央区生まれ / 伊勢松坂の本居宣長に師事し、『筑前国続風土記附録』編纂に取り組む。考古学的に著名な『柳園古記略考』など著書多し。

1968(昭和43)年12月16日時津風定次(56歳)(35代横綱・双葉山)が亡くなった日である。69連勝した名横綱が調子が悪く中村天風 に相談する。飲みなさいと白い粉をもらい飲んだら調子がよく、またもらいに行ったそうだ。天風が白い粉が入っているビンをくれたので、これは何ですかと横綱が聞いたら、重曹だよと答えたそうだ。そして「気の持ちようで人間はどうでも成るのだ。常に積極的に生きなさい」と諭されたという話を聞いたが、いつごろの話か分からない。

中村天風(三郎) クンバハカ

1876年07月30日~1968年12月01日
明治9年~昭和43年

東京都北区王子生まれ / 積極的言葉による積極的思考の生き方・心身統一法(ヨガ)を進める哲人。修猷館と玄洋社で学ぶ。1919年05月31日 頭山満の代理として哲人・中村天風が講演、ヨガ普及に旅発つ。

持てる命(魂)を燃やすには、天風の説くクンバハカを下敷きとした腹式呼吸を25回毎日実施することだ。ふくおか未来立志塾では日本人の心身の生活慣習病をなくすため新遊民健康法として普及して行く。

伊藤伝右衛門 あかがね御殿

1860年11月26日~1947年12月15日
万延元年~昭和22年

飯塚市生まれ / 一代で産を成した炭鉱王で、嘉穂銀行頭取として福岡銀行設立の立役者。柳原白蓮の夫。

大下弘 青バット

1922年12月15日~1979年05月23日
大正11年~昭和54年

神戸市生まれ / 1954年名伯楽三原監督の下で西鉄の初優勝をもたらし、青バットで西鉄の黄金時代を築く。

仰木彬 名伯楽

1935年04月29日~2005年12月15日
昭和10年~平成17年

西鉄時代の恩師の薫陶を受けた名采配「仰木マジック」で野茂英雄、イチロー等を見出し、育てオリックスバファローズの初代監督。

1908(明治41)年12月14日九州日報社(現西日本新聞)の社長兼主筆・福本日南が、博多の聖福寺第一回義士会を主催する。日南、東(とう)えい禅師の講話の後白米3合ずつ持ちよった男女400余人は因縁のカユをすすって深夜散会した。この義士会は翌年12月、日南が日報社長を辞して帰京した後、毎年東京で行われている。*ふくおか未来立志塾では、2004年から義士会を開催し今年で三回目を迎えた。

福本日南 「元禄快挙録」

1857年05月07日~1921年09月02日
安政4年~大正10年

福岡市中央区生まれ / 忠臣蔵を国民的ブームにした明治の史論家、ジャーナリスト。明治41年12月14日より義士会を開催。

1908年国民党から代議士に当選した後も社説の筆を断たず、同年8月01日から295回にわたって『元禄快挙録』を執筆連載した。これは『文章世界』に転載され、単行本はヒット作品となる。」

丸山敏雄 倫理運動の創始者

1892年05月05日~1951年12月14日
明治25年~昭和26年

豊前市合河町生まれ / 万人が幸福になるための法則に基づいた運動で20万人以上の会員を有する(社)倫理研究所を創設。

河北倫明 代表的美術評論家

1914年12月14日~1995年10月30日
大正3年~平成11年

福岡県田主丸町  京都近代美術館館長、美術評論化連盟会長、京都造形芸術大学学長など歴任し、日本美術界に貢献する。京都近代美術館館長、美術評論家連盟会長、京都造形芸術大学学長、横浜市美術振興財団理事長、美術館連絡協議会理事長などを歴任。著書には『画人游歴』『昨日今日の作家たち』(芸艸堂)、『河北倫明美術論集』(講談社)、『河北倫明美術時評集』(思文閣)などがある。

東京営団地下鉄の路線図ポスターで一躍有名になり、下町のナポレオンいいちこの宣伝責任者アートディレクター河北秀也氏の伯父にあたる。

1931(昭和6)年12月13日に金輸出再禁止となる。不穏な時代に刻々と突入する様子が見える。約1900年前の西暦57年は少なくとも国際的には平和な時代であったはずだ。130グラムに金が荒波を超えて中国から日本に輸出されたのだから。

光武帝 国宝・金印授与者

前6年~57年
中国河南省生まれ / 中国後漢の始祖。奴国王が「貢を奉り朝賀」したことへの返礼として「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう」の金印を授与する。

未来への羅針盤・国宝『金印』

太古から大陸分化交流の玄関口として栄えた福岡市は「奴」の国以来2千年の歴史を持っています。

その奴国に西暦57年に後漢の光武帝から贈られたのが「漢委奴国王」(「かんのわのなのこくおう」)と刻まれた国宝「金印」 です。邪馬台国時代よりも約二百年も前のことですが、今でも福岡市博物館で歴史とロマンを秘めた永遠の輝きを見せています。

金印は歴史と文明文化交流のシンボルであり、国際友好平和の証でもあり、永遠に輝く姿は、「生命」そのものの象徴ともいえます。

1908(明治41)年12月12日に北原白秋と木下杢太郎ら耽美派詩人が「パンの会」を結成する。

安曇野を歩く
「パンの会」の会歌となった北原白秋の詩である。  「パンの会」は、「新詩社」を脱退して『スバル』に転じた白秋、木下杢太郎(もくたろう)、吉井勇らに石井柏亭、高村光太郎ら青年美術家を交えて明治41(1908)年12月、第1回の会合を開いている。
http://www.shimintimes.co.jp/yomi/aruku/70.html

北原白秋 からたちの花

1885年01月25日~1942年11月02日
明治18年~昭和17年
柳川市生まれ / 詩人、歌人、民謡童謡作家で「赤い鳥」の童謡運動に熱中した。「帰去来」の詩碑が故郷に建立されている。

笠信太郎 花見酒の経済

1900年12月11日~1967年12月04日
明治33年~昭和42年

福岡市生まれ / 朝日新聞の論説主幹として数多くの社説を書き、新聞界のオピニオンリーダーとして評価された。著書 花見酒の経済は有名

鹿児島寿蔵 重要文化財紙塑人形

1898年12月10日~1982年08月22日
明治31年~昭和57年

福岡市生まれ / 博多人形からスタート。歌人、紙塑人形作家として活躍紙、伝統工芸の人間国宝である。

富田渓仙 日本画家

1879年12月09日~1936年07月06日
明治12年~昭和11年

福岡市下川端生まれ / 詩や幅広い宗教に関心を持ち、洒脱で清新な画風は、近代日本画史上類例がない異彩を放つ。

麻生太吉 九州の石炭王

1857年07月07日~1933年12月08日
安政4年~昭和8年

飯塚市生まれ / 安川、貝島と並んで筑豊御三家と称される麻生グループの基礎を固めた。

井上哲次郎 日本観念論哲学の確立者

1855年12月25日(安政2年)~1944年12月07日(昭和19年)

福岡県太宰府市生まれ / 明治・大正期の日本哲学界の指導者であり、大御所であり、日本観念論哲学の確立者である。号 巽軒(そんけん)

川上貞奴 近代女優第1号

1871年07月18日~1946年12月07日
明治4年~昭和21年

東京都日本橋生まれ / 日本一の芸妓から川上音二郎の妻になり、明治昭和の女優として活躍。1912(大正元)年10月16日から7日間、博多の明治座で夫音二郎の追善興行を開催する。

平安時代から手付かずの太宰府天満宮の天神の森(本殿の北東に広がる)を見直そうと市民講座が9日午後2時から同宮宝物殿で開催される。(西日本新聞朝刊)菅原道真公に感謝、感謝。

菅原道真 天神さま

845年08月01日~903年03月26日
承和12年06月25日~延喜3年02月25日

901年突如太宰権師に左遷され、2月01日に都を出、59歳で没す。学問の神として全国に祭られている。

白蓮と伊藤伝右衛門そして宮崎龍介

ふくおか未来立志塾塾頭 講談師 神田 紅

福岡スピリッツを伝える神田紅独演会は今年で五回目を迎えました。昼・夜二回、紅師匠の熱演に、満員御礼のお客様は拍手喝采!先人の福岡スピリッツを伝える講談にこれからもご期待下さい。

柳原白蓮… それは大正時代を生きる人々にとっては、情熱とロマンの象徴。 情熱的な歌人でありながらも平和運動に半生を費やした白蓮。自己の意志を持って生き抜いたその生き方が、今、改めて見直されています。

吉田マツ 精華学園創設者

1884年02月17日~1976年12月05日
明治17年~昭和51年

福岡市博多区生まれ / 1909年福岡高等裁縫研究所設立をスタートに1947年に精華女子中学、翌年同高校、’67同女子短大を創設。

田代茂樹 東レ中興の祖

1890年12月05日~1981年08月08日
明治23年~昭和56年

北九州市八幡西区生まれ / 「大いなる決断」と話題になるナイロンの技術導入に成功し、戦後の繊維革命の幕を開く。

石村善右 仙崖収集家

1908年09月03日~1979年12月05日
明治41年~昭和54年

福岡市生まれ / 家業・製菓業の傍ら幅広い文化活動の中で仙崖の顕彰に務め、コレクションを福岡市美に寄贈する。

笠信太郎 花見酒の経済

1900年12月11日~1967年12月04日
明治33年~昭和42年

福岡市生まれ / 朝日新聞の論説主幹として数多くの社説を書き、新聞界のオピニオンリーダーとして評価された。著書「花見酒の経済」は有名。

天智天皇 観世音寺

626年~671年12月03日
推古34年- 天智天皇10年(672年1月10日)

661年母斉明天皇を擁し、朝倉宮に本営を置き、白村江の戦いの指揮をとる。母のために誓願して観世音寺を建てる。第38代に数えられる天皇。

黒田長政 福岡藩初代藩主

1568年12月03日~1623年08月04日

兵庫県姫路生まれ / 1600年関が原の戦いで徳川家康方の先方をつとめ、その軍功により筑前一国52万3000石を与えられる。

麻生太賀吉 吉田茂の資金源

1911年09月29日~1980年12月02日
明治44年~昭和55年

福岡県飯塚市出身。日本の実業家、政治家。麻生セメント会長。九州の炭鉱王、麻生太吉の孫で吉田茂の女婿。外務大臣の麻生太郎は長男。麻生セメント社長の麻生泰は次男。寬仁親王妃信子は三女。

野村望東尼 維新の母

1806年10月17日~1867年12月01日
文化3年09月06日~慶応3年11月06日

福岡市生まれ / 平野國臣、高杉晋作等諸国の勤皇の志士の擁護に務め、姫島(糸島郡島町)に流島された勤皇歌人

*12月14日のふくおか未来立志塾で紹介します。

山座円次郎 外交官

1866年12月01日~1914年05月28日
慶応2年~大正3年

福岡市中央区生まれ / 小村寿太郎を外相を助け、日露戦争の開戦から終結までに取り組む。廣田弘毅が外交官になるきっかけを作る。

松永安佐エ門 電力の鬼

1875年12月01日~1971年06月16日
明治8年~昭和46年

長崎県壱岐郡生まれ / 自主独立の福沢精神で現在の九電力体制を発足。茶道の四天王で耳庵と号し、福岡市美に美術コレクションを寄付。

中村三郎(天風) クンバハカ

1876年07月30日~1968年12月01日
明治9年~昭和43年

東京都北区王子生まれ / 積極的言葉による積極的思考の生き方・心身統一法(ヨガ)を進める哲人。修猷館と玄洋社で学ぶ。