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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)

過去記事

安川敬一郎 九州工業大学の創設

1849年5月09日~1934年11月30日
嘉永2年4月17日~昭和9年

福岡市生まれ / 国士的実業化として本県産業界に大きな遺産を残した。地方財閥安川松本家の創始者。

黒田孝高 如水

1546年11月29日~1604年03月20日
天文15年(グレゴリオ暦12月02日)~慶長9年(グレゴリオ暦4月19日)

兵庫県姫路生まれ / 黒田官兵衛として秀吉の参謀として活躍、中津城主の時家督を長政に譲り、関が原でも活躍。福岡城で逝去し崇福寺に眠る。

進藤一馬 桧原桜

1904年01月01日~1992年11月28日
明治33年~平成4年

福岡市生まれ / 1984年03月11日の花守り市長への嘆願に、「・・・とわに匂わん花の心は」の返歌で桜の命を救う。

豊島与志雄 レミゼラブル

1890年11月27日~1955年06月18日

朝倉市生まれ / 大正・昭和の小説家、フランス文学者、評論家で「世界文学全集」第1回配本『レ・ミゼラブル』は、大反響を呼んだ。

伊藤伝右衛門 あかがね御殿

1860年11月26日~1947年12月15日
飯塚市生まれ / 一代で産を成した炭鉱王で、嘉穂銀行頭取として福岡銀行設立の立役者。柳原白蓮の夫。

田中熊吉 八幡製鉄所初代宿老

1873年11月26日~1972年05月08日

佐賀県三養基郡生まれ / 識見が高い熟練工で高炉の神様といわれる。終身職であり定年制は適用されない。

立花宗茂 柳川藩立花家初代当主

1567年12月18日~1643年1月15日
永禄10年11月18日~寛永19年11月25日

大坂の陣の徳川方華々しい戦功により、悲願の柳河城に十一万石の大身で見事に返り咲いた。

堺利彦 日本社会主義の父

1870年11月25日~1933年01月23日
明治3年~昭和8年

京都郡豊津町生まれ / 1896年05月06日から西日本新聞社に1年在社した。片山潜、高徳秋水、阿倍磯雄等と社会主義を開拓

川島アクリ 女子は従順であれ

1877年11月15日~1959年11月25日
明治10年~昭和34年

福岡市中央区生まれ / 1922年独自の女子教育を目指し、川島裁縫女学校を開校。明治から昭和の62年間、1万人を直

広田弘毅 「物来順応」の人

1878年02月14日~1948年12月23日
福岡市中央区生まれ / 戦犯で 黙して往った福岡出身唯一の宰相。福岡市天神の水鏡天満宮には小学校時代の掲額あり。

1936年(昭和11年)3月09日、総理大臣就任、陸軍の突き上げにあい、1936年(昭和11年)5月18日、軍部大臣現役武官制復活。1936年(昭和11年)8月07日「国策の基準」決定(五相会議)(これが後に極東国際軍事裁判の判決理由に)。1936年(昭和11年)11月25日、日独防共協定調印。

北田光男 西のライオン

1914年03月21日~2002年11月25日

熊本生まれ / 愛妻倫さんとメーカー系列店より安い価格とサービスで国内最大級の家電量販店ベスト電器を築きあげる。

黒田長禮 動物学者

1889年11月24日~1978年04月16日

東京都生まれ / 黒田家14代当主。動物学の振興発展に貢献、鳥学特に雁鴨類の分類の世界的権威者である。

明石元二郎 世界をゆさぶった情報将軍

1864年08月01日~1919年11月24日
元治元年~大正8年

福岡市生まれ / 日露戦争に活躍し、「明石1人で大山満州軍20万に匹敵する」と賞賛を受ける。

1963(昭和38)年 の今日、通信衛星による日米間のテレビ中継に成功。最初の衛星ニュースは同日(米時間22日)のジョン・F・ケネディ米大統領暗殺事件であった。

団琢磨 三井合名会社理事長

1858年09月07日~1932年03月05日
安政5年8月01日 ~昭和7年、

福岡市中央区生まれ / 明治大正期にかけてわが国の工業化、近代化に尽くした功績大。血盟団員の狙撃を受けて死去。

来島恒喜 自刃

1859年12月30日~1889年10月18日
安政6年~明治22年

福岡市生まれ / 1889年10月18日、条約改正反対を訴え、大隈重信外相の馬車に爆裂弾を投ず。玄洋社葬に大隈から花輪届く。

杉山茂丸 全身献体の快人

1864年08月15日~1935年07月19日
元治元年~昭和10年

福岡市天神町生まれ。国士・民間政治家(いわゆる浪人)だが、金融と経済こそ近代国家の基本と言う観点から、伊藤博文、山形有朋、桂太郎などを動かして、近代国家としての日本の方向付けを行なった。死体国有論の茂丸は1935年(昭和10年)のこの日に死去、夫婦で東大に献体されている

明治11年、藩閥政府打倒の壮士として伊藤博文の暗殺をはかって面談中、利権漁りに狂奔しているわけではないことを知って翻意。

菊竹六皷 反骨のジャーナリスト

1880年~1937年07月21日
明治13年~昭和12年

浮羽郡吉井町生まれ / 五・一五事件の翌日5月16日付け西日本新聞に掲載された論説「首相凶弾にたおる」を執筆

1932年(昭和7年)5月15日、時の首相犬養毅が海軍の青年将校に暗殺された。この事件に際し多くの言論人が口をつぐむなか、軍部を痛烈に批判した言論人が福岡にいた。

松本治一郎 解放の父

1887年06月18日~1966年11月22日
明治20年~昭和41年

福岡市生まれ / 29歳から半世紀、「反差別、反権力」と不撓不屈の精神で部落解放運動から世界水平運動に取り組む。

昭和22年 全国水平社を創立昭和23年 九州水平社を結成

同じく23年 徳川暗殺未遂容疑にて逮捕となり26年には福岡連隊爆破陰謀事件にて逮捕され2年ほど獄中生活を送る。

松本治一郎 解放の父

1887年06月18日~1966年11月22日
明治20年~昭和41年

福岡市生まれ / 29歳から半世紀、「反差別、反権力」と不撓不屈の精神で部落解放運動から世界水平運動に取り組む。

有馬豊氏 久留米藩初代藩主

1569年05月18日~1642年11月22日
永禄12年5月03日~1寛永19年閏9月30日

兵庫県(播磨国)生まれ /戦国時代から江戸時代前期にかけての武将(大名)。豊臣秀吉に仕えた有馬則頼の次男。大阪夏の陣後1620年(元和6)に筑後国久留米城主(21万石)に任ぜられ、藩政の基礎づくりを進めた。

佐藤篤二郎 九州電力初代社長

1897年03月14日~1964年11月21日
明治30年~昭和39年

福島県生まれ / 電源開発で画期的な実績を残し、1951年社長に就任、苅田発電所、上椎葉水力発電所などを建設。

三原脩 名伯楽

1911年11月21日~1984年02月06日
明治44年~昭和59年

香川県高松市生まれ / 野武士集団と言われた西鉄ライオンズで3年連続日本一を勝ち取り元気な福岡を全国に知らしめる。

野田卯太郎 民権政治家

1853年11月21日~1927年02月23日
嘉永6年~昭和2年

山門郡山川町生まれ / 1900年伊藤博文を説いて立憲政友会を創立、1923年副総裁として活躍。逓信、商工の大臣を務める。

昨夜、福岡市市長選で吉田宏(西日本新聞出身)が当選発表され、今日史上最年少の新市長が誕生した。

内藤新吾 初代久留米市長

1841年10月11日~1917年08月02日
天保12年~大正6年

久留米市日吉町生まれ / 1889年推されて市長に就任。特に納税思想の普及と教育行政を刷新し、自治体の基礎を確立した。

三好弥六 日本一小さな市長

1880年07月12日~1957年08月12日
明治13年~昭和32年

佐賀県三養基郡生まれ / 戦後最初の公選福岡市長で平和台を完工し、第三回国民体育大会を誘致する。

進藤一馬 桧原桜

1904年01月01日~1992年11月28日
明治33年~平成4年

福岡市生まれ / 1984年03月11日の花守り市長への嘆願に、「・・・とわに匂わん花の心は」の返歌で桜の命を救う。

吉田法晴 北九州市初代市長

1908年03月13日~1981年01月19日
明治41年~昭和56年

宗像市平等寺生まれ / 吉田磯吉氏の子息で、牧師。社会党ん代議士、若松市長、北九州市長として活躍。本名敬太郎。

石橋徳次郎 日本ゴム創立者

1886年02月23日~1958年08月19日
明治9年~昭和33年

久留米市生まれ / 1918年弟正二郎と日本足袋㈱を設立。「アサヒ地下足袋」を開発し大成功。久留米市長を務めた名誉市民。

奥保鞏 陸軍福岡閥の総帥

1846年11月19日~1930年07月19日
弘化3年~昭和5年

小倉出身、日露戦争で第二軍司令官を務め、参謀総長等の要職を経て元帥号を贈られた。

大下弘 青バット

1922年12月15日~1979年05月23日
大正11年~昭和54年

神戸市生まれ / 1954年名伯楽三原監督の下で西鉄の初優勝をもたらし、青バットで西鉄の黄金時代を築く。

藤田哲也 竜巻博士

1920年~1998年11月19日
大正9年~平成10年

北九州市小倉南区生まれ / 1953年シカゴ大学に招かれ、「ドクタートルネード」と称せられる竜巻の世界的権威になり、航空安全にも寄与した。」

去る11月07日、北海道佐呂町を襲った竜巻で9人が死亡。新聞朝刊一面をそのニュースで飾っているが、西日本新聞8日付けと翌日の日経朝刊1面の春秋にフジタ博士(シカゴ大学名誉教授)を紹介している。

古賀政男 酒は涙か溜息か

1904年11月18日~1978年07月25日
明治37年~昭和53年

大川市生まれ / 昭和初期より50年間で「影を慕いて」ほか約4000曲の古賀メロディーを作曲。歌謡史に足跡を残す。

1922(大正11)年の今日アインシュタインが神戸に着いた。アインシュタインは出版社「改造社」の招きにより、11月17日から12月29日までの43日間、日本に滞在、全国10カ所で講演を行った。ノーベル賞に決まったばかりでもあり、熱狂的な歓迎を受ける。福岡での講演が最後で、前日の12月23日には門司三井倶楽部に宿泊した。

アインシュタイン 相対性原理講演会

1879年03月14日~1955年04月18日
明治12年~昭和30年

ドイツ生まれ / 1922年12月24日、福岡市大博劇場で3千人に講演したノーベル物理学賞受賞者。

残したメッセージ

福岡日日新聞に掲載されたメッセージ

「私に深い印象を与えているものは、この地球という星の上に今もなお、こんなに優美な芸術的伝統を持ち、あのような簡素さと心の美しさとを備えている一つの国が存在しているという自覚であります」

トーク「維新の母 野村望東尼」を小河扶希子さんに聞く

明治時代に贋造された野村望東尼像の真実は?
贋札事件で廃絶された黒田家家老の末裔が語る

講師は「憂国の志士 平野國臣」(西日本新聞社発行)著者で「野村望東尼」を出版予定。

野村望東尼

(のむらもとに「ぼうとうに」とも読む)
文化3年9月06日(1806年10月17日) - 慶応3年11月06日(1867年12月01日)
筑前国早良郡に生まれた幕末の女流歌人・勤王家。

福岡藩士浦野重右衛門勝幸の娘。文政12年(1829年)、福岡藩士野村新三郎清貫と結婚。安政6年(1861年)夫が亡くなり剃髪して受戒。その後、福岡・平尾の自分の山荘に勤皇の士を度々かくまい、密会の場所を提供する。彼女に便宜を図って貰った中には、勤王僧月照、長州藩の高杉晋作、熊本藩の入江八千兵衛、対馬藩の平田大江、福岡藩の平野国臣、中村円太、月形洗蔵、早川養敬などがいる。慶応元年(1865年)6月福岡藩で尊攘派弾圧の動きが強くなり、孫の野村助作と共に自宅に幽閉され10月に姫島(現・福岡県志摩町姫島)へ流される。翌年9月高杉晋作の指揮により福岡脱藩志士藤四郎、多田荘蔵らの手引きで姫島から脱出、下関の勤皇の豪商白石正一郎宅に匿われ、後に三田尻(現・山口県防府市の古称)で亡くなった。62歳没。密会場所として提供していた山荘は現在も保存されており、山荘の敷地は平尾山荘公園として整備され銅像が設置されている。

ビデオ講談 「義士伝 大高源五」

神田紅塾頭の講談を鑑賞します。

赤穂浪士47士の1人。俳諧、茶の湯に堪能。宗匠山田宗偏から吉良邸茶会の情報を手に入れ12月14日の討ち入りが決定する。…

忘年会

博多百年蔵で 1908(明治41)年12月14日福本日南が正福寺で開催した第一回義士会に因んで…。神田紅塾頭の独演会で共催した「くれないの会」と合同で賑やかに開催します。

◇日時 12月14日(木)18:00~21:00 *受付17:30~
◇会場 石蔵酒造・博多百年蔵 TEL(092)651-1986
福岡市博多区堅粕1-30-1*地下鉄千代県庁口1番出口から徒歩6分・福岡高校隣
福岡市でただ一軒の造り酒屋・博多百年蔵は、白壁土蔵に赤煉瓦の煙突など明治初期に建てられた時の
面影を残し、昔ながらの造り酒屋として古き良き時代を今に伝えています。
◇会費  6000円(講演1000円、忘年会5000円)

郭 沫若 『屈原』の作者

1892年11月16日 ~1978年06月12日
明治25年~昭和53年

中国四川省生まれ / 九大に学び、日中友好、国交回復に大きな役割を果たす。金印公園に詩碑が建てられている。

岩下俊作 無法松の一生

1906年11月16日~1980年01月30日
明治39年~昭和55年
北九州市小倉区生まれ / 直木賞候補「富島松五郎伝」が1943年に映画化され大ヒット。「小倉生まれの玄海育ち」の言葉が流行。

中村半助 最後の柔術家

1845年11月16日~1897年 弘化2年~

久留米市生まれ / 1887年10月全国武芸者大会で講道館の鬼と言われて横山作次郎と55分の死闘で引き分けた。

栗野慎一郎 特命全権公使

1851年11月07日~1937年11月15日
嘉永4年~昭和12年

福岡市中央区生まれ / 米国に留学。日米条約改正を成立を始め、近代日本の歩みに大きく貢献した外交官。

緒方竹虎 憲法改正を後輩に託す

1888年01月30日~1956年01月28日
明治11年~昭和31年

山形市生まれ / 敗戦直後の混乱を収拾し、戦後の保守合同に心血を注いだ玄洋社の流れをくんだ政治家。

川島アクリ 女子は従順であれ

1877年11月15日~1959年11月25日
明治10年~昭和34年

福岡市中央区生まれ / 1922年独自の女子教育を目指し、川島裁縫女学校を開校。明治から昭和の62年間、1万人を直接教える。

貝原益軒 ベストセラー養生訓

1630年11月14日~1714年10月05日
寛永7年~正徳4年08月27日

福岡市生まれ / 福岡藩士。日本のアリストテレスと言われた大学者として『養生訓』他多くの著書を残す。

ジェニー・ギール 福岡女学院創立者

1846年11月13日~1910年
弘化3年~明治43年

米国ペンシルバニヤ州ベルウッドで生まれる 1846年11月13日誕生。師範学校で学び使命を感じて、婦人外国伝道会に申し出て、日本への宣教師として、任命され、1879年年11月13日“ゲイリック号”で来日。

孫文 中国革命の先導者

1866年11月12日~1925年03月12日
慶応2年~大正14年

中国広東省生まれ / 1913年(大正2年)3月17日、18日来福し、玄洋社をはじめとする友人や、九大などで革命の応援を頼む。

久保猪之吉 久保記念館

1874年~1939年11月12日
明治7年~昭和14年

福島県安達郡生まれ / 明治40年、九州大学の耳鼻咽喉科を創立し、画期的な業績を挙げた医学博士で、歌人俳人としても活躍。

石田健 石油化学工業の創始者

1890年01月07日~1968年11月12日
明治23年~昭和43年

久留米市生まれ / 我が国初の三井石油化学工業を設立し、石油化学工業の発展に多大の貢献をする。

川上音二郎 新劇の祖

1864年01月01日~1911年11月11日
文久4年~明治44年

福岡市博多区生まれ / オペッケペ節で人気を得、欧米で興行し、近代劇運動の先駆けとなる。

梅野多喜蔵 久留米藩海軍士官

1841年11月11日~1928年05月08日
天保12年~昭和3年

久留米市東町生まれ / 勝海舟塾などで航海術を修行し、千歳丸仕官として戊辰戦争に従軍。のち筑後地方の近代教育に貢献。

大森治豊 心腹切開一百例発表

1852年11月10日~1912年02月19日
嘉永5年~大正元年

山形県生まれ / 京都帝国大学福岡医科大学初代学長。我が国の開腹術の第一例として帝王切開術に成功。

吉田秀雄 広告の鬼

1903年11月09日~1963年01月27日
明治26年~昭和38年

北九州市小倉区生まれ / 戦後電通の社長に就任し、常に国際的視野から広告業及び広告業界全体の近代化に貢献した。

昨日の北海道佐呂町を襲った竜巻で9人が死亡。新聞朝刊一面をそのニュースで飾っているが、西日本新聞の朝刊1面の春秋に竜巻の権威だった北九州市生まれのフジタ博士(シカゴ大学名誉教授)を紹介している。

藤田哲也

1920年~1998年11月19日

北九州市小倉南区 / <竜巻博士>1953年シカゴ大学に招かれ、「ドクタートルネード」と称せられる竜巻の世界的権威になり、航空安全にも寄与した。竜巻の強さを示す藤田スケールF1,F2・・・はフジタ博士の頭文字から取り1971年に提唱される。

トルネードと言えば野茂投手を思い浮かべることが出来るが、藤田博士は世界的権威でも日本では知られていない。しかし現在少年に自然科学の夢を呼び起こそうと、北九州市に「記念館」を設立準備中で是非博士の志を学びたいものだ。

照サイト たつまき博士研究室ホームページ

栗野慎一郎 特命全権公使

1851年11月07日~1937年11月15日

福岡市中央区生まれ / 米国に留学。日米条約改正を成立を始め、近代日本の歩みに大きく貢献した外交官。

桃中軒雲右衛門 浪曲師

1873年10月25日~1916年11月07日
明治3日~大正5年

群馬県生まれ / 宮崎滔天を弟子に博多で武士道鼓舞を旗印に旗揚げ興業し、3年後に大阪、東京で活躍っする。

鮎川義介 日産コンツエルンの創設者

1880年11月06日~1967年02月13日
明治13年~昭和42年

山口生まれ / 福岡県を活動の基盤とし、中小企業団体組織法を制定させ、中小企業の助成に努力する。

野村望東尼 維新の母

1806年10月17日~1867年12月01日
文化3年9月06日~慶応3年11月06日

福岡市生まれ / 平野國臣、高杉晋作等諸国の勤皇の志士の擁護に務め、姫島(糸島郡島町)に流島された勤皇歌人

11月05日付け西日本新聞朝刊に中村天風(読書館・「こころの潜在力~宮本武蔵と中村天風」と杉田久女(千年書房~九州の100冊)が紹介される。

中村(天風)三郎 クンバハカ

1876年07月30日~1968年12月01日
明治9年~昭和43年

東京都北区王子生まれ / 積極的言葉による積極的思考の生き方・心身統一法(ヨガ)を進める哲人。修猷館と玄洋社で学ぶ。

杉田久女 近代女性俳句の先駆者

1890年05月30日~1946年1月21日

鹿児島市生まれ / 小倉で「ホトトギス派」の閨秀俳人として、大正中期から昭和初期にかけて俳壇に久女旋風を起こした。

柴田徳次郎 国士舘創設者

1890年12月20日~1973年01月26日
明治23年~昭和48

筑紫郡那珂川町生まれ / 1917年(大正6年)11月04日、頭山満,緒方竹虎、中野正剛等の協力で東京麻布に私塾国士舘を創設。

広松嘉一 コイ養殖

1907年11月04日~1981年01月26日
明治40年~昭和56年

大川市生まれ / 本県を全国有数のコイ養殖産地として育成に貢献した篤農家。

松居冷忍 映画宣伝マン

1898年11月04日~1979年06月09日
明治31年~昭和54年

福岡市中央区生まれ / 「福岡に松居あり」と全国の映画業界にその名を知られた中洲の寿座の宣伝マン。

永田清  教育テレビ創設

1903年01月26日~1957年11月03日
明治36年~昭和32年

久留米市生まれ / 吉田茂のブレーンを務めた経済学者で経営者からNHK会長と幅広く活躍、教育テレビを始める。

徳島岩吉 徳水創業者

1897年08月21日~1959年11月03日
明治30年~昭和34年

徳島県生まれ / 玉の浦から博多に進出し、以西底引き網漁業で活躍。戦後現徳水を興し、多角経営に積極進出。

北原白秋 からたちの花

1885年01月25日~1942年11月02日
明治18年~昭和17年

柳川市生まれ / 詩人、歌人、民謡童謡作家で「赤い鳥」の童謡運動に熱中した。「帰去来」の詩碑が故郷に建立されている。

広瀬淡窓(たんそう) 咸宜園主宰

1782年05月22日~1856年11月28日
天明2年4月11日~安政3年11月01日

日田市生まれ / 1797年16歳の時福岡の亀井塾で学ぶ。咸宜園は福岡出身者が多く、本県への教育的影響は大きい。

四島一二三 一番電車30年

1881年10月14日~1976年11月01日
明治14年~昭和51年

久留米市北野町生まれ / 17歳で渡米し、米国仕込みの起業家として福岡相互銀行(現西日本シティ銀行)を創設する。