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運営:福岡スピリッツプロジェクト(iSEN、ふくおか新遊民倶楽部)

過去記事

葉室鉄夫 水泳で金メダル

1917年09月07日~2005年10月30日
大正6年~平成17年

福岡市出身。中学修猷館(現在の福岡県立修猷館高等学校)から日大予科に進学。1936年のベルリンオリンピック200m平泳ぎで金メダルを獲得。1940年に第一線を退くまで、200m平泳ぎで世界ランキング1位の座を守った。

河北倫明 代表的美術評論家

1914年12月14日~1995年10月30日
大正3年~平成11年

福岡県田主丸町  京都近代美術館館長、美術評論化連盟会長、京都造形芸術大学学長など歴任し、日本美術界に貢献する。京都近代美術館館長、美術評論家連盟会長、京都造形芸術大学学長、横浜市美術振興財団理事長、美術館連絡協議会理事長などを歴任。著書には『画人游歴』『昨日今日の作家たち』(芸艸堂)、『河北倫明美術論集』(講談社)、『河北倫明美術時評集』(思文閣)などがある。

東京営団地下鉄の路線図ポスターで一躍有名になり、下町のナポレオンいいちこの宣伝責任者アートディレクター河北秀也氏の伯父にあたる。

中牟田喜兵衛 最後の博多商人

1891年10月29日~1980年01月14日
明治24年~昭和55年

佐賀生まれ / 1936年天神に岩田屋百科店を創業し、九州一の繁華街天神の夜明けを作る。趣味は博多にわか。

渡辺與八郎 渡辺通り

1866年05月01日~1911年10月29日
慶応2年~ 明治44年

福岡市博多区生まれ / 福岡市の発展に若年より情熱を燃やし私財を投じた。1911年10月02日博多電気軌道(チンチン電車)を開業した。

神屋宗湛 博多の豪商

1553年~1635年10月28日
天文22年~寛永12年

福岡市生まれ / 戦国期から江戸初期の博多の豪商「博多3傑」の1人。秀吉の協力者で貿易家、茶人として活躍。

都築頼助 都築学園祖

1903年08月03日~1972年10月28日
明治36年~昭和47年

徳島県生まれ / 理想的私学の経営を志、福岡第一薬科大学グループを創設する

中野正剛 信念の政治家

1886年02月12日~1943年10月27日
明治9年~昭和18年

福岡市中央区生まれ / 東条独裁体制を激しく批判し、自決。無二の親友緒方竹虎が葬儀委員長を務める。

矢野倖一 アロー号

1892年10月27日~1975年10月16日
明治25年~昭和50年

遠賀郡芦屋町生まれ / 1916年(大正5年)国産車の草分けで現存する最古の国産車を製作する。矢野特殊自動車の創設者。

平野国臣 燃える思い

1828年03月29日~1865年10月26日
文政11年~慶応元年

福岡市中央区生まれ / 「わが胸の…・にくらぶれば煙は薄し桜島山」 尊王討幕で活躍し、京で処刑された憂国の志士

加藤司書 筑前勤皇の巨星

1830年04月27日~1865年10月26日
文政13年3月05日~. 慶応元年

福岡市中央区生まれ / 薩長同盟の実現に努めたが、乙丑の変で切腹、維新前夜に35歳で惜しくも散る。

*伊藤博文、ハルピン駅で安重根に射殺される。茂丸、「サンデー」に追悼文を書く。

桃中軒雲右衛門 浪曲師

1873年10月25日~1916年11月07日
明治6年~大正5年

群馬県生まれ / 宮崎滔天を弟子に博多で武士道鼓舞を旗印に旗揚げ興業し、3年後に大阪、東京で活躍っする。

平岡浩太郎 玄洋社初代社長

1851年06月23日~1906年10月24日
嘉永4年~明治39年

福岡市中央区生まれ / 1881年に玄洋社を設立。辞任後実業家を志し、炭坑経営を資産をなす。代議士当選六回。

1914年 10月22日小錦八十吉 (初代)、大相撲第17代横綱が死去。福岡県は歴代2人の横綱を出している。

雲竜久吉  雲竜型

1823年~1891年06月15日
文政5年・1822年9月~明治24年

山門郡大和町生まれ / 30歳で入幕、大関昇進まで負け星8個、幕内優勝6回。39歳で第10代横綱免許。横綱土俵入り雲竜型の創始者。

梅ケ谷藤太郎 相撲道中興の祖

1845年03月16~1928年06月15日
弘化2年2月09日~昭和3年

朝倉郡生まれ / 第15代横綱。優勝9回、全勝4回、連勝58の好成績を残す。国技館建設などの最大功労者。

中原嘉左右 北九州の豪商

1831年01月19日~1894年10月21日
天保2年~明治27年

維新の混乱期を脱する地域基盤整備に尽くした。日記は北九州の動向を知る為の貴重な資料。

村上巧児 西日本鉄道初代社長

1879年08月14日~1963年10月21日
明治12年~昭和38年

大分県中津市生まれ / 1942年09月九州電気軌道他5社の合併で指導的役割を果たし初代社長に就任する。

川崎洋 詩人

1930年01月26日~2004年10月21日
昭和5年~平成16年

東京都生まれ / 八女高から西南学院中退。ラジオやテレビ、映画のシナリオなどでも活躍幅広く活躍した詩人。

安藤省菴 西海の巨儒

1622年01月18日~1701年10月20日
寛文8年~元禄14年

柳川市生まれ / 柳川藩の儒学の祖で、中国からの亡命儒者朱舜水を厚く遇し、伊藤東涯は関西の巨儒と評した。

1900(明治33)年10月19日 - 第4次伊藤博文内閣が成立する。当時37歳の杉山茂丸の働きを著書「俗戦国策」で紹介する。

伊藤工作のため義太夫大会を連日開催し、多額の資金を渡し、政党結成を勧め、立憲政友会が出来る。茂丸は、山県有朋から「石田三成」だと罵られ、しばらく山県への接触を控える。伊藤内閣成立の際、伊藤の意向で警視総監就任を促されるが固辞。公債をアメリカの銀行に引き受けさせる仕事を頼まれる。

杉山茂丸  全身献体の快人

1864年08月15日~1935年07月19日
元治元年~昭和10年

福岡市天神町生まれ。国士・民間政治家(いわゆる浪人)だが、金融と経済こそ近代国家の基本と言う観点から、伊藤博文、山形有朋、桂太郎などを動かして、近代国家としての日本の方向付けを行なった。死体国有論の茂丸は1935年(昭和10年)のこの日に死去、夫婦で東大に献体されている。

水嶋劔城  老人ホーム

1897年10月18日~1979年10月01日
明治30年~昭和54年

福井県生まれ / 1978年、福岡市に初の軽費老人ホームを開設、老人福祉の為に精魂を傾けた僧侶。

来島恒喜 自刃

1859年12月30日~1889年10月18日
安政6年~明治22年

福岡市生まれ / 1889年10月18日、条約改正反対を訴え、大隈重信外相の馬車に爆裂弾を投ず。玄洋社葬に大隈から花輪届く。

松本健次郎  安川・松本財閥

1870年10月04日~1963年10月17日
明治3年~昭和38年

福岡市中央区生まれ / 安川敬一郎の次男として松本家へ。日本の近代化に大きく貢献した実業家。

川上貞奴 近代女優第1号

1871年07月18日~1946年12月07日
明治4年~昭和21年

東京都日本橋生まれ / 日本一の芸妓から川上音二郎の妻になり、明治昭和の女優として活躍。1912(大正元)年10月16日から7日間、博多の明治座で夫音二郎の追善興行を開催する。

八頭良一 飛行機発明の先駆者

1878年06月30日~1908年10月16日
明治11年~明治41年

豊前市黒土町 / 1901年に「飛翔理論」を脱稿、森鴎外が「天馬行空」の書を遺族に贈った。自動算盤や早繰辞書なども発明。

矢野倖一 アロー号

1892年10月27日~1975年10月16日
明治25年~昭和50年

遠賀郡芦屋町生まれ / 1916年(大正5年)国産車の草分けで現存する最古の国産車を製作する。矢野特殊自動車の創設者。

柳原白蓮 筑紫の女王

1885年10月15日~1967年02月22日
明治18年~昭和42年

東京都麻布生まれ / 年下の宮崎滔天の息子との「世紀の恋』で騒がれた歌人で福岡の文学グループのリーダーとして活躍。

四島一二三  一番電車30年

1881年10月14日~1976年11月01日
明治14年~昭和51年

久留米市北野町生まれ / 17歳で渡米し、米国仕込みの起業家として福岡相互銀行(現西日本シティ銀行)を創設する。

日蓮宗の開祖日蓮が1282(弘安5)年10月13日常陸に向かう途中、武蔵池上で亡くなる。享年60歳。そこに建てられたのが池上本願寺である。1904(明治37)年、博多区東公園内に完成した日蓮上人銅像は、岡倉天心東京美術学校長が製作を引き受ける。

岡倉天心 九州国立博物館

1863年2月14日~1913年09月02日
文久2年12月26日 - 大正2年

横浜市生まれ / 1889年02月展覧会で来福し九州博物館の設置を提唱。福日は「美術品保存に就いて」の社説を掲載する。

中村祐興 中村紙の発明家

1829年07月10日~1909年10月12日

山門郡山川町生まれ / 1874年(明治7年)紙幣寮に出仕し、初代刷版局長、抄紙部長として明治31年までに紙幣用紙の改良に尽くす。ヨガを日本に伝道した伝道した中村天風の父親である。

高松凌雲 赤十字活動の先駆者

1836年12月25日~1916年10月12日
天保7年~大正5年

小郡市生まれ / 戊辰の役で敵味方なく治療して赤十字精神を発揮、貧しい人を助ける同愛社を結成した偉大なる医哲。

内藤新吾 初代久留米市長

1841年10月11日~1917年08月02日
天保12年~大正6年

久留米市日吉町生まれ / 1889年推されて市長に就任。特に納税思想の普及と教育行政を刷新し、自治体の基礎を確立した。

685(天武13)年10月10日、伊勢神宮の式年遷宮が定められた。式年遷宮とは、21年ごとに社殿を新築し、神体を移す行事である。宗像神社は裏伊勢といわれるが、出光興産の店主出光佐三がこよなく愛し、陰ながら大切にされた。

出光佐三 日章丸事件

1885年08月22日~1981年03月07日
明治8年~昭和56年

宗像市生まれ / 民族経営を貫き、メジャーに抗し、1953年イラン石油を輸入した出光興産の創業者。出光美術館を設立する。 

1905(明治38)年 10月09日 日露反戦論を展開した平民社が弾圧により解散、幸徳秋水らが入獄。1910(明治43)年6月、「大逆事件(幸徳事件)」において逮捕。翌年、処刑された。

1903年(明治36年)、日露戦争前夜に、幸徳は『万朝報』記者として同紙を舞台に日露非戦を訴えていたが、ロシアとの開戦へと世論の空気が押されていくなかで、『万朝報』も社論を非戦論から開戦論へと転換させたため、幸徳、かれの盟友の堺利彦、キリスト教徒の内村鑑三の3名は発行元の朝報社を退社し、幸徳と堺は非戦論を訴えつづけるために、平民社を開業して週刊『平民新聞』を創刊した。

堺利彦 日本社会主義の父

1870年11月25日~1933年01月23日
明治3年~昭和8年

京都郡豊津町生まれ / 1896年05月06日から西日本新聞社に1年在社した。片山潜、高徳秋水、阿倍磯雄等と社会主義を開拓。


1922(大正11)年9月09日に日本初のプロ野球「日本運動協会」が早大と対戦した。

安部磯雄 大学野球の父

1865年02月04日~1949年02月10日

福岡市生まれ / 1904年04月04日、大学日本一の早大野球部を連れて渡米。我が国大衆的社会主義運動の先駆者。 

逆臣の汚名覚悟で藩主を訴え藩を救った栗山大膳

五年前、立志塾の開塾にあたり戊辰の役の戦場・秋田、岩手を訪問。盛岡市で、偶然にも南部藩盛岡に預けられた栗山大膳の墓と顕彰碑に巡り会えた。

 「我が藩主に謀反の疑いあり」との訴えは、史上最大の内部告発といえる。大膳が藩を救うために、やむにやまれず主君を訴えた心情を一九五六年制作の東映映画「黒田騒動」に学んだ。

仙崖 死にとうない

1750年~1837年10月08日

1789年40歳で聖福寺第123世住持になる。晩年は仙涯の禅的戯画を求めるもので門前市をなした。臨終の言葉。

高場乱 男装帯刀の女傑

1831年10月08日~1891年03月31日
天保2年~明治24年

福岡市博多区生まれ / 女流眼科医で頭山満を育て、玄洋社の切っ掛けを作った興志塾を主宰。人参畑の婆さんと親しまれた。

頭山満 玄洋社創始者

1855年5月27日~1944年10月05日

福岡市早良区生まれ / 自由民権運動から政治結社玄洋社を結成し、孫文と交流を持った無位無官の在野の頭領。

末松謙澄  「源氏物語」英訳出版

1855年08月20日~1920年10月05日
安政2年~大正9年

日本の夜明けに活躍した伊藤博文の知恵袋.世界初の「源氏物語」英訳を出版。

貝原益軒  ベストセラー養生訓

1630年11月14日~1714年10月05日
寛永7年~正徳4年08月27日

福岡市生まれ / 福岡藩士。日本のアリストテレスと言われた大学者として『養生訓』他多くの著書を残す。

原志免太郎 生涯一医者

1882年10月04日~1991年06月18日
明治15年~平成3年

108歳で逝去 <生涯一医者>の原志免太郎は、1882(明治15)年10月04日に福岡市に誕生。百歳で『新しい灸学』を出版し百四歳まで聴診器を持ち、「男性長寿日本一」として百八歳で逝去。

松本健次郎 安川・松本財閥

1870年10月04日~1963年10月17日
明治3年~昭和38年

福岡市中央区生まれ / 安川敬一郎の次男として松本家へ。日本の近代化に大きく貢献した実業家。

1993(平成5)年10月03日に田村亮子が世界柔道選手権女子48キロ級で優勝。日本人の最年少優勝だった。

中村半助 最後の柔術家

1845年11月16日~1897年
弘化2年~明治30年

久留米市生まれ / 1887年10月全国武芸者大会で講道館の鬼と言われて横山作次郎と55分の死闘で引き分けた。

無敵の柔術家  弘化2年(1845)、櫛原町に生まれた半助は、子供のころから近くの下坂道場で良移心頭流柔術を修め、久留米柔術界の四天王といわれた。明治16年(1883)、東京警視庁の初代柔術指南役となり、ほどなくして、その無敵ぶりで全国に名をはせた。映画や小説の姿三四郎に登場する相手役の村井半助のモデルとなった人物である。

「インド独立の父」であるマハトマ・ガンジーは、1869(明治2)年10月02日にインドの西海岸ボルバンダールで生まれる。

杉山龍丸 グリーンファーザー

1919年05月26日~1988年09月20日
大正8年~昭和63年

「インドの独立の父はガンジーさん。インドの緑の父(グリーン・ファザー)はスギヤマさん」杉山茂丸の孫で、夢野久作の長男。杉山龍丸は私財を投げ打ち、インドの砂漠を緑の大地に蘇らせた人物で、インドではグリーンファーザーと尊称されています。

1957(昭和32年)10月01日に5000円札が新登場する。

中村祐興 中村紙の発明家

1829年07月10日~1909年10月12日
文政12年~明治42年

山門郡山川町生まれ / 1874年(明治7年)紙幣寮に出仕し、初代刷版局長、抄紙部長として明治31年までに紙幣用紙の改良に尽くす。ヨガ哲学を日本に普及した中村天風の父親。

水嶋劔城  老人ホーム

1897年10月18日~1979年10月01日
明治30年~昭和54年

1978(昭和53年)、福岡市に初の軽費老人ホームを開設、老人福祉の為に精魂を傾けた僧侶。